僕と士郎は無事再会を果たした後、同居生活をはじめた。ふたりで紅茶を飲んだり、絵を描いたりと以前と変わらぬ日々を過ごしており、とても平和だ。
そんなある日のことだ。士郎が旅行に行こうと言い出した。行き先はフランス共和国ヴァル=ドワーズ県オーヴェル=シュル=オワーズ。
時代が随分と変わったので、どうなっているのか楽しみだ。
飛行機というものに乗って、オーヴェルへ向かうようだ。飛行機とは空を飛ぶ移動手段のようで、蒸気機関車よりも遥かに速いらしい。この見た目といえば、曲線が滑らかで非常に美しく、まるで白鳥のようだと感動し、少々はしゃいでしまい恥ずかしい思いをした。はじめ、飛行機が空を飛ぶ瞬間を楽しみにしていたのだが、飛行機が空を飛ぶ瞬間は身体が安定せず、なんとも言えない浮遊感に恐怖を感じた。帰りも乗るのかと思うとひやひやしてしまうが、とても良い経験になった。
飛行機が着地し外へと出るが、面影はあるが随分と変わっていて、見慣れないものが多い。士郎が携帯電話というものを使って地図を見ながら案内してくれるので、僕は黙って彼に着いていった。
「セント、これを読んでみてくれないか」
ふたつの石を指差して士郎が言うので、しゃがんで石に記された文字を言う通りに読んでみる。
「『テオドルス・ヴァン・ゴッホ』」
そして、もう一つは、
「『フィンセント・ヴァン・ゴッホ』⁉︎」
まさか、僕たちの墓か⁉︎
驚愕し、背後に立つ士郎を見上げれば意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「驚くのは、これを見てからにしてほしい」とそう言って、石の裏側の地面に近いところを士郎が指差したので、そこを読む。
「『J・A・H』? これがどうした?」
その意味がわからず、僕は首を捻る。
「頭文字だよ、友の名前を思い出してごらん」
頭文字? 自分と関係のある人物を思い出してみる。ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン、アーサー・コナン・ドイル、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、ハンス・ローガン・エバンズ、エミール・ベルナール、カミーユ・ピサロ、ジャック……そうか。
「まさか。ジャック・アーサー・ハンスということか⁉︎」
にんまりとした顔で士郎は頷いた。
「それが悪戯で書かれたものなのか、彼らがわたし達にあてたメッセージなのかはわからないのだがね。でも」と士郎がフィンセント・ヴァン・ゴッホの墓石を撫でた。
「ここに眠っているのは、ジャックであることには違いないさ」
士郎との文通が途絶えてすぐ、僕は彼に会いに行ったつもりだったのだが、士郎によると、最後の手紙を出してから一年後に僕が来たようで、時間の誤差があったらしい。その一年の間に、士郎が一度ここに来たとき、たまたまこのメッセージを見つけたようだ。
弟テオについては、ユトレヒトの市営墓地に埋葬されていたが、墓地の契約期限が切れたため、その後、テオの妻ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲルたちによって、オーヴェルのジャックが埋葬されている隣りへ改葬したのだという。
僕たちはその墓石に手を合わせた。
友と恩人、そして愛する弟へ感謝を込めて──。
そんなある日のことだ。士郎が旅行に行こうと言い出した。行き先はフランス共和国ヴァル=ドワーズ県オーヴェル=シュル=オワーズ。
時代が随分と変わったので、どうなっているのか楽しみだ。
飛行機というものに乗って、オーヴェルへ向かうようだ。飛行機とは空を飛ぶ移動手段のようで、蒸気機関車よりも遥かに速いらしい。この見た目といえば、曲線が滑らかで非常に美しく、まるで白鳥のようだと感動し、少々はしゃいでしまい恥ずかしい思いをした。はじめ、飛行機が空を飛ぶ瞬間を楽しみにしていたのだが、飛行機が空を飛ぶ瞬間は身体が安定せず、なんとも言えない浮遊感に恐怖を感じた。帰りも乗るのかと思うとひやひやしてしまうが、とても良い経験になった。
飛行機が着地し外へと出るが、面影はあるが随分と変わっていて、見慣れないものが多い。士郎が携帯電話というものを使って地図を見ながら案内してくれるので、僕は黙って彼に着いていった。
「セント、これを読んでみてくれないか」
ふたつの石を指差して士郎が言うので、しゃがんで石に記された文字を言う通りに読んでみる。
「『テオドルス・ヴァン・ゴッホ』」
そして、もう一つは、
「『フィンセント・ヴァン・ゴッホ』⁉︎」
まさか、僕たちの墓か⁉︎
驚愕し、背後に立つ士郎を見上げれば意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「驚くのは、これを見てからにしてほしい」とそう言って、石の裏側の地面に近いところを士郎が指差したので、そこを読む。
「『J・A・H』? これがどうした?」
その意味がわからず、僕は首を捻る。
「頭文字だよ、友の名前を思い出してごらん」
頭文字? 自分と関係のある人物を思い出してみる。ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン、アーサー・コナン・ドイル、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、ハンス・ローガン・エバンズ、エミール・ベルナール、カミーユ・ピサロ、ジャック……そうか。
「まさか。ジャック・アーサー・ハンスということか⁉︎」
にんまりとした顔で士郎は頷いた。
「それが悪戯で書かれたものなのか、彼らがわたし達にあてたメッセージなのかはわからないのだがね。でも」と士郎がフィンセント・ヴァン・ゴッホの墓石を撫でた。
「ここに眠っているのは、ジャックであることには違いないさ」
士郎との文通が途絶えてすぐ、僕は彼に会いに行ったつもりだったのだが、士郎によると、最後の手紙を出してから一年後に僕が来たようで、時間の誤差があったらしい。その一年の間に、士郎が一度ここに来たとき、たまたまこのメッセージを見つけたようだ。
弟テオについては、ユトレヒトの市営墓地に埋葬されていたが、墓地の契約期限が切れたため、その後、テオの妻ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲルたちによって、オーヴェルのジャックが埋葬されている隣りへ改葬したのだという。
僕たちはその墓石に手を合わせた。
友と恩人、そして愛する弟へ感謝を込めて──。