絵茉は図書館の隅のテーブルで、国語の教科書とノートを広げていた。何をしているかなど、いちいち聞かずとも勉強をしていることが一目瞭然だ。声をかけたのは、力になりたい意志が固まっていたからだろう。

 話しかけられると思っていなかったのか、絵茉は少し驚いていた。それも最初のことで、幸哉が勉強を教え、やりとりを交わしている内に緊張の壁は消え去った。

 この放課後、一時間や二時間で終わるだけの出来事だと思っていた時間は予想外に次の日、そのまた次の日、さらに次の日と何日も続いた。いつの間にか放課後の図書館で絵茉に国語や古文を教えることが当たり前となり、絵茉の中でも色のついていた壁が透明のものに変化していた。

 友達や妹のことなど、勉強面以外での日常的な話題や、国語の教師に対する不満。一応生徒達にとっては、幸哉も教師であるというのに度胸のある生徒だ。幸哉はある意味好感が持てた。


「――それで面談のとき、私が解答をノートに写していないなんて言いがかりをつけてきたんです。書かないんじゃなくて、予習で事前に書いてきているだけなのに!」

「発想が出来なかったんじゃないか? そういう真面目な生徒はあまりいないから。俺の知り合いの男の子なんて、教科書のガイドを買って次の日に習う箇所の答えを丸写ししているし。不真面目な世の中だよ、今のご時世」

「私もガイドの丸写しです」

「予習じゃないだろ、それ」


 授業に備えたカンニングペーパーだ。


「怒られた後、『普通の子は家で事前にしてくるものだ』って言われました。つまり、私はそういう普通の子だと思われていないんです」