放課後から退勤までの時間をフルに使って調べ上げた結果、複数の生徒ではなくたった一人の生徒の内容を、国語教師は集中的に語っていたことが分かった。それも幸哉が実習で受け持ったクラスの生徒。国語教師は本人のいないところではなく、本人のいる場で語っていたのだ。もしかすると直接本人に向かって発言しているつもりだったのかもしれない。

 どちらにせよ、快く思えることではない。全員を生徒と一つ括りにしていた幸哉が、夏目絵茉という一人の生徒を認識した瞬間だった。



 幸哉は以降、国語の授業が始まると生徒全体ではなく絵茉の顔色を窺った。これまで気付けていなかったが、絵茉は授業前の雑談の間、顔を顰めている。

 後から聞いた話では、国語の教師はそんな彼女の表情を見て授業態度が悪いと言っていたらしい。態度を悪くさせているのが自分だとは一切考えず、幸哉は徐々に教師に対して不関心を抱いた。

 心に不満を持つだけで、幸哉が行動を起こすことはなかった。実際に教師となればそのようなことは無くなるのか、それはその時になってみなければ分からない。何も変わらないかもしれない。

 少なくとも教育実習のこの期間は、ただの傍観者として終わるだろう。教師の粗に見て見ぬフリをする、黒澄んだ教師の卵として終わる。

 そう思っていた。

 図書館で絵茉を見かけるまでは。


「なにしてるの?」