「チェリーパイが食べたい。フィンクス通り一番街に新しく出来たカフェのやつよ、すっごく並ぶらしいけど、本当に美味しいんですって」

この国最高級の茶葉を使用したとっておきの紅茶に、エトワルド家自家製焼きりんごのジャムをたっぷりと入れながら、シェリルはきつく見える猫のような吊り目を意地悪く輝かせて無茶振りを言った。

また始まった、と言わんばかりの家令ジェシーの呆れ顔には気づかないふりをしながら、シェリルは目の前のカタチだけの夫を見つめる。

「でも使用人達を困らせるようなことは、この家の女主人としてできるだけしたくないと思ってるの。ねえ貴方、……分かるわよね?」

貴方、と呼ばれたのはエトワルド家の次期当主、ダニエル・エトワルドだ。本当はサラサラの髪の毛をオールバックに纏め、この男もまたキツネのような吊り目をさらに細めた。
知らない人が見たら、心底この人は不快なのだろうなと思ってしまうような深い眉間のシワと共に。

けれど、シェリルはそんな眼差しにはビクともせず、試すように夫を見つめ続ける。

やがて、軽い溜め息とともにダニエルはシェリルの頭を二、三度撫でた。まるで猫にするようなそれは、このエトワルド家では見慣れた光景であった。

「……明日俺が買ってきます。それでよろしいですね」

「まあ、ほんと!?物分かりがよくて助かるわ。早速パイに合う紅茶を見繕わないと」

そうしてスルリとダニエルの手をすり抜けて、シェリルは妖艶に笑う。

「相変わらず貴方は私のしもべね」

誰がどう見ても高飛車で感じの悪い妻に手を焼いている夫、の図であり、この家の家令ジェシー・オズワルドは溜め息を吐いた。この茶番はいったいいつまで続くのか、と。

そう彼が思うのには理由がある。
それはこの、夫に対してだけワガママ放題の妻に永遠片想いしている我が主人のせいであった。