マリィの手紙にもあったとおり、シモンはミルフレーヌが消えたことを知っている。
それはそうだろう。あの日森に追いかけて来た彼の目の前で、ミルフレーヌは姿を消したのだから。

――よかった。
もし、シモンが私だと信じてさえくれれば、これでなんとかなる。
とはいえ、信じてもらえるかどうかはわからない。
そう思うと緊張で喉の奥がゴクリとなった。


他に客はいない。
今日は少し慎重にミルは彼に水を出した。

「なににします?」

リュシアンの時とは違い、声色を変えずそのままの声でそう聞くと、
シモンはチラリとミルを見た。

「シチューとワインを」

シチューは今や看板メニューだ。
外の看板に大きく新メニューと書き出してある。なのでシチューを頼んだとしても不思議はないが、リュリュが食べた物と同じ物を注文するのは単なる偶然なのか?

とりあえず頷いて、厨房へと戻った。
話は帰る時でいい。

「なんて素敵な騎士なの」
と、リリィが興奮しているので、また配膳を譲ろうとすると、彼女は左右に首を振った。

「ちょっと怖そうだから、いいわ。なにか粗相をして、騎士さまを怒らせてはいけないし。ここから見ているだけで十分よ」

なるほどシモンは怖そうに見える。

漆黒の髪に漆黒の瞳。
それはシモンの家ジャルジ公爵家だけが持つ"色"だ。

代々将軍を務めているジャルジ家はいつの頃からかその髪と瞳を持つようになった。
漆黒の髪を持つものは庶民にはいないので、それだけで畏怖の念を抱くのであろう。

シモンはリュシアンに並ぶほど美しい容姿をしているが、彼にはおよそ表情というものがない。
ニコリともせずいつも憮然としている上に口数も少ない。黒い騎士と呼ばれ、若い女性のみならず男たちにも恐れられている。

ミルはシチューとワインを持って、シモンのテーブルに置いた。