「そう言われると、ますます睨みたくなるね」

キリキリと睨むと客はゲラゲラと笑った。
愛想は悪いが割と好かれているらしい。

そして客が落ち着いた午後三時。

「試食のシチュー、もういいかしらね?」

包んでいた布を開いて蓋を開けると、湯気と一緒にシチューの美味しそうな香りが立ち上った。

「夏も終わりだし、これからの季節にはいいわね。さあて、どれどれ」
フォークに肉をあてると、それだけでホロホロと肉が崩れた。

「すごい!」

そろそろ店を閉めて、遅い昼食がてらシチューを食べて休もうとした時だった。

カランカランとドアベルが鳴り、振り返ると――。

「いらっしゃいませー」

――え、リュリュ?

客はミルフレーヌの幼馴染。ブリュウ公爵閣下、リュシアンだった。

まずい。咄嗟にそう思った。

接客はリリィにしてもらうよう頼もうとしたが、ふと試したい気持ちも沸き上がった。
彼の目に、いまの自分はどう映るのだろう?

リュリュはミルフレーヌの伴侶として第一候補だったのである。
女王の夫として、人柄家柄人望どれひとつをとっても国内では彼の右に出るものはいないと言われていた。

彼はミルフレーヌに愛を囁いた。
『ミル、愛しているよ。いままでもこれからも、ずっと』

でも、どうだろう。

今のミルフレーヌは王女でもなく、黄金の髪も紫色の瞳も持っていない。

ただの庶民である赤髪の女がミルだと気づくだろうか?