侍従のひとりが何事か合図を送ると、王女の前に道を作るように貴公子が並び、
その道を、ゆっくりとした足取りで、王女が一歩一歩と進む。

ふと途中歩みを止めた王女は、一人の貴公子に向けて、手を差し出した。

(今夜は、黒い騎士のシモンさまが、お相手に選ばれたぞ)

(あれ? 怪我をしていないか?)

(そういえば、今日は、リュシアンさまがいらっしゃらないぞ)

王女と黒い騎士の二人が並んで中央まで歩き、立ち止まって向かい合うと、
指揮者が大きく振り被った。

ワルツのスタートだ。

王女と黒い騎士のシモンを真ん中にして、周りの貴族たちも踊り始めた。

ミルフレーヌは、ふとシモンの黒い瞳を見つめた。

微かだが、時折シモンは片足を引き摺るような仕草をみせる。

「シモン? どうした?」

ミルフレーヌは、首を傾げかたが、シモンは、凛々しい眉をピクリともせず、薄っすらと微笑むだけだった。

「いいえ、なにも」

ミルフレーヌには、前世の記憶がある。

覚えているのは、日本での高校生の頃のこと。
未瑠(ミル)という名の彼女は、男おんなと言われるくらいガサツな女の子だった。
ところが実は、見た目とは裏腹にファンタジーに登場するお姫様に憧れていたのである。
読むだけでは飽き足らず書いたりして、でもそれは誰にも言えない自分だけの密かな楽しみだった。

その時の強い想いが実ったのか、こうして王国の王女に転生できることができた。

黄金の髪と紫の瞳を持つだけじゃない、

ミルフレーヌは美しかった。
国で、もしかするとこの世で一番美しい王女。