ミルフレーヌはこのあたりには来たことがない。
基本的には王都から出ることはないし、ほんの時折訪れる別荘は南のほうにある。
ここは王都の西にあたるので書面上の知識しかない。

西の那から山を越えて来て、最初に見えるのがこの里だ。
人口も少なく農業が里の主な産業である。
ここから王都まで大人の足で二時間という距離ではあるが、王都の大門は防犯のために夜の七時に閉ざされてしまうということもあって、里には宿泊施設や食堂商店などもある。

王都に比べれば物価も安いということもあって、旅行者はここで休憩を取ることが多い。そしてそれらも村の大きな収入源だった。

太陽の位置から察するに昼を少しだけ過ぎたころだろう。
ちょうどお腹も空いたし、できれば食堂で何かを食べたいと思うが先立つものはない。魔女がくれた小銭は最悪の時のために取っておかなければ。
目の毒だと思いながら、すれ違いざまに食堂をジッと見ていると、ふいにバンと扉が開いた。

体格のいい髭面の男が爪楊枝を咥えながら出てきた。

続いて飛び出してきた若い女性は、ミルフレーヌと同じくらいの年頃だろう。

女性は泣きそうな顔で、「お客さま、困りますっ、御代を」と訴える。

「こんな不味い物に金が出せるかっ!」

なにか文句があるかとばかりに見下ろす男は熊のようにでかく、野卑な目で口元はせせら笑っている。