五年前の春の日。
 うす桃色の花びらが風に吹かれてひらひらと舞い散る中。
 セシルの生まれ故郷のトルク村では、恒例の花祭りが盛大に行われていた。

 新緑の芽吹きと花々の開花を祝っておこなわれる花祭りには、村人が全員参加して、仕事を忘れて、歌い踊り、酒を酌みかわして笑いあう。
 毎年、若い男女一組が『花姫』と『花騎士』という役に選ばれ、それらしい扮装をして祭りに花を添える慣わしがあったが、その年の世話役だったセシルの祖父が、急にあることを言いだした。

「どうかの……? 今年はもっと小さい子供たちからも『花姫』と『花騎士』を選んで、補佐をさせたらいいと思うんじゃが……」
 おそらくは、目に入れても痛くないほど可愛がっていた孫娘のセシルを、小さな『花姫』にして、着飾った姿を見てみたいという祖父心だったのだろう。

 しかし残念ながらセシルは、十歳当時も今も、かなり『姫』とはかけ離れた容姿だった。

 男の子よりもスラリと高い身長に、ほとんど肉のついていない体。
サラサラと風になびく短めの銀灰色の髪も、空を切り取ったような色の切れ長の瞳も、どちらかといえば美少女と言うよりは、美少年に近い。

 事実、五年前のその時も、なみいる男の子たちをさし置いて、近所のおば様がたの支持を一身に集め、見事に小さな『花騎士』の座を射止めてしまった。

「わぁ、かわいい! ほんっとセシルちゃんはかわいいわよねー」
 騎士の扮装をしたセシルをとり囲んだおば様がたが口々に言う「かわいい」は、決して女の子らしいかわいらしさをほめているのではない。
十歳のセシルだって、それぐらいは重々承知していた。

「は、はあ……」
 なんと答えていいのかわからず、作り物の剣を握り締めてうつむく。
そんな姿でさえ、おば様がたには、まるではにかむ王子のように見えてしまうのだ。

「かっわいいわねぇ、ほんものの王子様みたいだわー」
 しかし、祖父の急な思いつきのせいで、大きな迷惑をこうむっていたのは、実はセシルばかりではなかった。

 セシルと同じ年の男の子――葡萄色の髪にえんじ色の瞳をしたユーディアス。
 しょっちゅう女の子とまちがえられるほど愛くるしい顔で、体つきも小さかった彼は、
「騎士が女の子なら、姫は男の子にしちゃったらー?」
という誰かの無責任な一言のせいで、満場一致で小さな『花姫』に決定されてしまった。

「俺は絶対に嫌だからな!」
 くりくりの瞳と小柄な体に似あわず、男気あふれる少年だったユーディアスは、さんざん抵抗し、当日まで必死に逃げ回った。
 が、しかし――。