エルフォンド魔法学院に入学してから三年。
寮で同室になったことがきっかけで、この四人で行動するようになってからというもの、アンジェリカとミュゼットのこういうやり取りは、ほぼ毎日のようにくり返されている。
超自由人のミュゼットにも、つい全力で反応してしまうアンジェリカが、怒りのあまりにいつ卒倒したとしても、それはもうまったく不思議ではない。
(せめてアンがもう少し肩の力を抜いて、ミュゼットの気まぐれを気にしなきゃいいんだろうけど……)
入学以前からのつきあいであるアンジェリカの、一本気な性格をよく知っているセシルは、小さくため息をついた。
(やっぱり無理だよね……どうしよう? ここはひとまずアンに『行動停止』の魔法をかけるべきかな? 私じゃ加減がうまくいかないかもしれないから、ルーシーにお願いして……)
一人だけ別世界にいるかのように、ぱらぱらと書物をめくり続けているルーシーメイに、セシルが救いを求める声をかけようとした時、思いがけない事態が起こった。
「そうね……せっかく作ったんだから使いましょう!」
うす暗い部屋に重々しく響く、日頃よりかなり低いアンジェリカの声。
ビクリと肩を震わせたセシルは、恐る恐る背後をふり返った。
蝋燭のおぼろな灯りの中に浮かび上がるのは、ミュゼットをはがい絞めにしたアンジェリカのすわった目。
嫌な予感がした。
高ぶった感情が上限をふり切った時、アンジェリカは決まってあんな顔をするのだ。
「私もルーシーも、使う相手がいないわ……ミュゼットが嫌だって言うんなら、あなたが使うしかないわよね? ねぇ、セシル!」
「えっ? ええええええっ!」
ミュゼットよりもアンジェリカよりも大きな声を上げてしまい、セシルはあわてて自分の口を両手でふさいだ。
ぶるぶると何度も、拒否の思いをこめて首を振る。
(無理! そんなの絶対に無理!)
しかしアンジェリカの若草色の瞳は、揺らめく蝋燭の炎を反射して、獲物を狙う猛禽類のようにらんらんと輝く。
「そしたら何ヶ月にも及ぶ材料集めの苦労も! せっかく集めた貴重な材料も! 秘薬なんて勝手に作ってもいいのかしら……と眠れぬ夜を過ごした私の心労も! 全て報われる……そうでしょ? そう思うわよね、セシル!」
(ダメだ……この状態のアンには、何を言っても通じない……!)
セシルはぎゅっと両目をつむって、覚悟を決めた。
「わ、わかった。わかったから、アン……」
途端、鼻先につきつけられる紫色の小瓶。
「じゃあ、これ。最後の材料。最大の効力を願って、あなた自身の手で入れてねっ!」
『人魚の涙』と呼ばれる謎の液体――レアアイテムの収集家として知られるラーマン教授の研究室から、ミュゼットがこっそりと失敬してきた――を、セシルはアンジェリカにぐいぐいと押しつけられた。
「う、うん……」
ぶくぶくと不気味な泡が弾ける鍋の上で、恐る恐る小瓶の蓋を取り、ゆっくりと傾ける。
中からしたたり落ちる二、三滴の透明な液体。
ぼわぼわんといかにも怪しげな煙を上げ、よどんだ色だった鍋の中身は、一瞬にして赤紫の綺麗な色になった。
「で、できた……のかな?」
からになった小瓶と、鍋の中身を見比べるセシルに、三人が駆け寄る。
「……やったぁ! ほんとにできたんだ……すごいね!」
「ふふっ……よかったわね、セシル」
「これで私たちの努力も報われるし、あなただって長年の片思いに終止符が打てるじゃない! 一石二鳥よね? そうでしょ、セシル?」
ミュゼットのように手放しで喜ぶ気持ちにも、ルーシーメイのように心穏やかに笑う気ぶんにも、アンジェリカのように今夜の調合に新たな意義を見出す勢いにもなれなかったセシルは、ぎこちなく苦笑した。
「そ、そうだよね……そう……そうかな……?」
「そうに決まっているわ!」
バチンとアンジェリカに叩かれた肩をさすりながら、今後のことを思うと、途方に暮れずにはいられないセシルだった。
寮で同室になったことがきっかけで、この四人で行動するようになってからというもの、アンジェリカとミュゼットのこういうやり取りは、ほぼ毎日のようにくり返されている。
超自由人のミュゼットにも、つい全力で反応してしまうアンジェリカが、怒りのあまりにいつ卒倒したとしても、それはもうまったく不思議ではない。
(せめてアンがもう少し肩の力を抜いて、ミュゼットの気まぐれを気にしなきゃいいんだろうけど……)
入学以前からのつきあいであるアンジェリカの、一本気な性格をよく知っているセシルは、小さくため息をついた。
(やっぱり無理だよね……どうしよう? ここはひとまずアンに『行動停止』の魔法をかけるべきかな? 私じゃ加減がうまくいかないかもしれないから、ルーシーにお願いして……)
一人だけ別世界にいるかのように、ぱらぱらと書物をめくり続けているルーシーメイに、セシルが救いを求める声をかけようとした時、思いがけない事態が起こった。
「そうね……せっかく作ったんだから使いましょう!」
うす暗い部屋に重々しく響く、日頃よりかなり低いアンジェリカの声。
ビクリと肩を震わせたセシルは、恐る恐る背後をふり返った。
蝋燭のおぼろな灯りの中に浮かび上がるのは、ミュゼットをはがい絞めにしたアンジェリカのすわった目。
嫌な予感がした。
高ぶった感情が上限をふり切った時、アンジェリカは決まってあんな顔をするのだ。
「私もルーシーも、使う相手がいないわ……ミュゼットが嫌だって言うんなら、あなたが使うしかないわよね? ねぇ、セシル!」
「えっ? ええええええっ!」
ミュゼットよりもアンジェリカよりも大きな声を上げてしまい、セシルはあわてて自分の口を両手でふさいだ。
ぶるぶると何度も、拒否の思いをこめて首を振る。
(無理! そんなの絶対に無理!)
しかしアンジェリカの若草色の瞳は、揺らめく蝋燭の炎を反射して、獲物を狙う猛禽類のようにらんらんと輝く。
「そしたら何ヶ月にも及ぶ材料集めの苦労も! せっかく集めた貴重な材料も! 秘薬なんて勝手に作ってもいいのかしら……と眠れぬ夜を過ごした私の心労も! 全て報われる……そうでしょ? そう思うわよね、セシル!」
(ダメだ……この状態のアンには、何を言っても通じない……!)
セシルはぎゅっと両目をつむって、覚悟を決めた。
「わ、わかった。わかったから、アン……」
途端、鼻先につきつけられる紫色の小瓶。
「じゃあ、これ。最後の材料。最大の効力を願って、あなた自身の手で入れてねっ!」
『人魚の涙』と呼ばれる謎の液体――レアアイテムの収集家として知られるラーマン教授の研究室から、ミュゼットがこっそりと失敬してきた――を、セシルはアンジェリカにぐいぐいと押しつけられた。
「う、うん……」
ぶくぶくと不気味な泡が弾ける鍋の上で、恐る恐る小瓶の蓋を取り、ゆっくりと傾ける。
中からしたたり落ちる二、三滴の透明な液体。
ぼわぼわんといかにも怪しげな煙を上げ、よどんだ色だった鍋の中身は、一瞬にして赤紫の綺麗な色になった。
「で、できた……のかな?」
からになった小瓶と、鍋の中身を見比べるセシルに、三人が駆け寄る。
「……やったぁ! ほんとにできたんだ……すごいね!」
「ふふっ……よかったわね、セシル」
「これで私たちの努力も報われるし、あなただって長年の片思いに終止符が打てるじゃない! 一石二鳥よね? そうでしょ、セシル?」
ミュゼットのように手放しで喜ぶ気持ちにも、ルーシーメイのように心穏やかに笑う気ぶんにも、アンジェリカのように今夜の調合に新たな意義を見出す勢いにもなれなかったセシルは、ぎこちなく苦笑した。
「そ、そうだよね……そう……そうかな……?」
「そうに決まっているわ!」
バチンとアンジェリカに叩かれた肩をさすりながら、今後のことを思うと、途方に暮れずにはいられないセシルだった。