「ふーん……」
 興味深げに呟いたアンジェリカは、くいくいとセシルを手招きした。
「何?」
 立ち上がってアンジェリカに歩み寄るセシルは、ユーディアスがミュゼットから受け取った回復薬の蓋を取っている様子を、横目に見た。
 ――その時彼が手にしていたのは、紫色の小瓶。

「ああああっ!!」
 叫ぶと同時にスカートのポケットを探る。
 そこにあったはずの小瓶がない。

「だめっ、ユーディ! 飲んじゃだめえええええっ!!」
 叫びもむなしく、セシルのほうをふり返ったユーディアスは、小瓶の中の液体をすでに飲み干していた。

 セシルのもの凄い形相を見て、訝しげに眉を寄せる。
「なんで?」

 しーんとあたりが静まり返った。
 さわさわさわと森の木々が風に揺れる音と、鳥の鳴く声だけが聞こえる。
「……………………」

 セシルとアンジェリカとミュゼットは、恐る恐るユーディアスに近づいた。
「ど、どこか変な感じはしない?」
「……変? 体が楽になった気はするけど……凄いな、即効性かよ……これなんて名前の回復薬だ? 俺にもあとで作り方教えてくれよ!」
「……………………」

 三人は同時にふうっと息を吐いた。
 しかしその意味するところはまったく異なっている。

「よかった、失敗だったんだ……ほんとによかった!」
 感涙にむせぶセシルと。
「せっかくあんなに苦労して作ったのに! 無駄骨だったって言うの? 冗談じゃないわ! どうしてくれるの!」
 くせの強い黒髪を振り乱して怒るアンジェリカ。

「そんなはずないのになあ? おっかしいなあ……?」
 納得がいかないらしく、しきりに首を捻るミュゼット。

「おい……何の話だよ? 説明しろ……!」
 ユーディアスが静かに怒り始めた気配を察知して、セシルはあわてて笑顔を向ける。

「ユーディが元気になってよかったってこと! そういう話よ!」
 これまでのように、その笑顔が無視されることはもうなかった。

 ユーディアスはまっすぐにセシルの顔を見たまま、首を傾げる。
「なんだよそれ……とてもそうは聞こえなかったぞ? まあいいけど……」

 てっきりもっと根掘り葉掘り聞かれると思っていたのに、セシルが拍子抜けするくらいあっさりと、ユーディアスは引き下がった。
 そういえば彼は、かなり切り替えの早い性質だった。
 一つのことが片付いたなら、あっさりと次へ向かうような――。

 体の調子を確かめるように、腕を持ち上げたり、伸びをしたりをくり返すと、ついさっきまで熱があったのが嘘のように、ユーディアスはすっくと立ち上がる。
「じゃあ、もう行くぞ! 早くしないと陽が沈むまでに帰れなくなるからな」

 当たり前のようにセシルの手をつかんで歩き出したユーディアスの姿に、アンジェリカもミュゼットも息をのんだ。
(まさか……!)
 セシルも背中にひやりと冷たいものを感じたが、ふり返ったユーディアスの顔を見て、そんな憂いは吹き飛んだ。

「具合が悪いのを押して出て来たんだ……絶対に一番で帰るからな!」
 五年前と同じ邪気のないやんちゃな笑顔が、セシルに向けられる。

(違う! ユーディはあの時から何も変わってないんだ……私がこれまではそれに気がつかなかった……ただそれだけ!)
「うん!」
 セシルも飛びきりの笑顔をユーディアスへ向けた。