遠くの森から、ホーホーとふくろうの鳴く声だけが聞こえる。
風の音さえやんだ真夜中。
エルフォンド魔法学院のうす暗い調合室の片すみでは、二人の少女が額をくっつけるようにして、小さな鉄鍋をのぞきこんでいた。
「いよいよこれが最後の材料ね……いい? 入れるわよ?」
若草色の瞳を煌かせて、鍋の上で小瓶を持つ少女はアンジェリカ。
くせの強い黒髪を金色のヘアバンドできっちりと押さえた彼女は、慎重な手つきで小瓶の蓋を取る。
対するもう一人の銀灰色の髪の少女――セシルは、スラリと長い手足を小さく縮めて、怯えたような表情でおずおずと頷いた。
「う、うん。いいよ……」
紫色の小瓶が、グツグツと音をたてる小さな鉄鍋の上で、ゆっくりと傾けられていく。
その光景を、二人が息をのんで見守った。
まさにその時――。
「待ったあっ!」
静寂を引き裂くような大声が、緊張感に満ちた古い調合室に響き渡った。
「「ぎゃあああああっ!」」
鉄鍋をひっくり返しそうな勢いで立ち上がった二人の前に、ひょっこりと顔を出したのは、ミュゼット。
橙色の長い髪をいつも変わった形に編み上げる彼女は、今夜は耳の下で大きな輪っかを二つもぶら下げている。
「きゅ、急に大声出さないでよっ! びっくりするじゃない!」
目を剥いて叫んだアンジェリカの金切り声のほうが、正直、ミュゼットの声の何倍も大きい。
こっそりと忍びこんだ調合室どころか、その前の廊下にまでガンガンに響いている。
「「しーっ!」」
ミュゼットとセシルに同時に注意されて、アンジェリカはぐっとそれ以上の怒声をのみこんだ。
しかし、大切な調合の最終段階を邪魔された怒りのほうは、そう簡単に治まるものではない。
ミュゼットの耳をひっぱって、アンジェリカは口を寄せる。
「なんなのよミュゼット……あなた、部屋の前で見張りをしているはずでしょう? 突然飛びこんでこないでよ! そもそもあなたが、『きちんとした手順を踏まないと薬の質が落ちる。そんなのやだ!』って言いはるから、こうして月の加護が得られる満月まで待ったんじゃない……ちゃんと聖女の泉で潔斎だってしたわ。この上、何? まだ何かあるの?」
蝋燭三本ぶんの灯りしかない部屋の中。
お互いの細かな表情まではよく見えないが、アンジェリカの白い頬が真っ赤に染まっていることは、隣にいるセシルにはわかる。
「あ、あの……アン? ミュゼットだってさすがにもう、何もないと思うよ……ね?」
なんとかアンジェリカをなだめようと、しどろもどろに仲裁を始めたセシルの努力を無視し、ミュゼットは大きな碧色の瞳をきょとんと瞬かせた。
「うん。別にもう言いたいことはないよ。ただ、『人魚の涙』より先に、これを入れないでいいのかなーって思っただけ……」
セシルとアンジェリカの目の前に、ミュゼットがぶらんとつまみ上げたのは、黒焦げになったイモリだった。
――幻の秘薬を作るために、長い日数をかけて集めまわった材料の中でも、とりわけ精神面において、準備するのに苦労した一品。
(イモリか……そういえばまだ入れてなかった……あれ? でもどこにあったんだっけ?)
ぼんやりと考えこんだセシルの隣で、アンジェリカはひいっと息をのむ。
「ど、ど、どうしたのよ、それっ! どうしてあなたが持っているのよ?」
「あらっ……新しいのが手に入ったのね、ふふっ」
予想外の方向からおっとりとした声が上がり、セシルとアンジェリカは燭台の向こうをふり返った。
風の音さえやんだ真夜中。
エルフォンド魔法学院のうす暗い調合室の片すみでは、二人の少女が額をくっつけるようにして、小さな鉄鍋をのぞきこんでいた。
「いよいよこれが最後の材料ね……いい? 入れるわよ?」
若草色の瞳を煌かせて、鍋の上で小瓶を持つ少女はアンジェリカ。
くせの強い黒髪を金色のヘアバンドできっちりと押さえた彼女は、慎重な手つきで小瓶の蓋を取る。
対するもう一人の銀灰色の髪の少女――セシルは、スラリと長い手足を小さく縮めて、怯えたような表情でおずおずと頷いた。
「う、うん。いいよ……」
紫色の小瓶が、グツグツと音をたてる小さな鉄鍋の上で、ゆっくりと傾けられていく。
その光景を、二人が息をのんで見守った。
まさにその時――。
「待ったあっ!」
静寂を引き裂くような大声が、緊張感に満ちた古い調合室に響き渡った。
「「ぎゃあああああっ!」」
鉄鍋をひっくり返しそうな勢いで立ち上がった二人の前に、ひょっこりと顔を出したのは、ミュゼット。
橙色の長い髪をいつも変わった形に編み上げる彼女は、今夜は耳の下で大きな輪っかを二つもぶら下げている。
「きゅ、急に大声出さないでよっ! びっくりするじゃない!」
目を剥いて叫んだアンジェリカの金切り声のほうが、正直、ミュゼットの声の何倍も大きい。
こっそりと忍びこんだ調合室どころか、その前の廊下にまでガンガンに響いている。
「「しーっ!」」
ミュゼットとセシルに同時に注意されて、アンジェリカはぐっとそれ以上の怒声をのみこんだ。
しかし、大切な調合の最終段階を邪魔された怒りのほうは、そう簡単に治まるものではない。
ミュゼットの耳をひっぱって、アンジェリカは口を寄せる。
「なんなのよミュゼット……あなた、部屋の前で見張りをしているはずでしょう? 突然飛びこんでこないでよ! そもそもあなたが、『きちんとした手順を踏まないと薬の質が落ちる。そんなのやだ!』って言いはるから、こうして月の加護が得られる満月まで待ったんじゃない……ちゃんと聖女の泉で潔斎だってしたわ。この上、何? まだ何かあるの?」
蝋燭三本ぶんの灯りしかない部屋の中。
お互いの細かな表情まではよく見えないが、アンジェリカの白い頬が真っ赤に染まっていることは、隣にいるセシルにはわかる。
「あ、あの……アン? ミュゼットだってさすがにもう、何もないと思うよ……ね?」
なんとかアンジェリカをなだめようと、しどろもどろに仲裁を始めたセシルの努力を無視し、ミュゼットは大きな碧色の瞳をきょとんと瞬かせた。
「うん。別にもう言いたいことはないよ。ただ、『人魚の涙』より先に、これを入れないでいいのかなーって思っただけ……」
セシルとアンジェリカの目の前に、ミュゼットがぶらんとつまみ上げたのは、黒焦げになったイモリだった。
――幻の秘薬を作るために、長い日数をかけて集めまわった材料の中でも、とりわけ精神面において、準備するのに苦労した一品。
(イモリか……そういえばまだ入れてなかった……あれ? でもどこにあったんだっけ?)
ぼんやりと考えこんだセシルの隣で、アンジェリカはひいっと息をのむ。
「ど、ど、どうしたのよ、それっ! どうしてあなたが持っているのよ?」
「あらっ……新しいのが手に入ったのね、ふふっ」
予想外の方向からおっとりとした声が上がり、セシルとアンジェリカは燭台の向こうをふり返った。