アンジェリカもミュゼットもユーディアスも、呪文を使う能力は同学年の中でもずば抜けて高い。
 しかし三人とも、どうやら連携攻撃にはまるで向いていないようだ。 
 
 道中でも何度、同じ魔物に同時に攻撃してしまったり、お互いの攻撃が当たりそうになったりしたことか――。
 何事にも真面目なアンジェリカが、なんとかミュゼットとユーディアスをまとめようと奮闘していたが、ここへきてきてついに断念したらしい。

「もう勝手にやってちょうだい……!」
 ぷんぷんと鼻息荒く怒りながら、必死に荷物袋の中をあさっている。

 アンジェリカの頬に血がついていることに気づいたセシルは、自分の荷物の中から小さな軟膏入れをとり出し、そっとさし出した。
 入っているのはセシルが自分で調合した、ごく普通の傷薬。

「……ありがとう、セシル。やっぱりあなたって気がきくわ。補助魔法だってタイミングばっちりだったし、おかげでずいぶん助かったもの……」
 攻撃面ではあまり役に立っていないと自覚しているセシルには、アンジェリカの言葉がうれしかった。
 防御系や能力増強系の魔法を駆使し、援助に徹したことを認められてうれしい。

「うん」
 誇らしさに胸をはった時、はるか頭上からミュゼットの声がした。

「ねえ、見つけた!ここからちょっと進んだ所に水があるよ!」
 セシルもアンジェリカもすぐに空を振り仰ぐ。
 大きな木の枝にすっくと立ったミュゼットは、目の上に手をかざして前方を見ている。

「そう。よかったわ……呪文の唱えすぎて喉がカラカラ……持ってきた飲み水も、もうなくなりそうだったのよ……」
「私も!」

 大岩の横から腰を上げたアンジェリカは、するすると小猿のように木から降りてきたミュゼットと共に、再び歩きだした。
 セシルは少し離れたところにいるユーディアスをふり返り、声をかける。

「ユーディ、行こう。この先に水があるそうだから……」
 いつものようにユーディアスが「ああ」と気のない返事をする前に、ものすごい勢いでアンジェリカとミュゼットがセシルをふり返った。

 うちあわせたわけでもないだろうに、まるでそっくり同じ表情――脳裏にひらめいた何かに興奮して、活き活きと輝く若草色と碧色の瞳。

「な、何……?」
 セシルは我知らず、スカートのポケットを服の上から握りしめた。
 そこにはあの、恋愛魔法薬の入った紫色の小瓶がある。

「チャーンス! チャンスよ、セシル!」
 声をひそめて叫んだアンジェリカが、セシルの手をぎゅっとつかんだ。

 ミュゼットは背中に背負っていた自分の荷物をガランガランと道ばたにひっくり返して、その中からやけに派手な金色の杯を取り上げる。

「あったあった。はい。セシルこれ」
「な、何? これ……?」
 答えはわかっているような気がしたのだが、セシルは思わず確認してしまった。
 心臓が今にも口から飛び出さんばかりに、ドクドクと鳴っている。

「決まっているでしょ? 見つけた水を皮袋いっぱいに汲む前に、ちゃんと飲める物かどうかを確認するのよ」
 実にまともなアンジェリカの返事だったが、瞳があまりにも活き活きと輝いている。
 この現地訓練には、初めて実戦を体験する以外にも、そういえば別の楽しみが含まれていたのだと思い出し、すでにどうしようもなく頬がほころんでしまっている。

「もちろん、男らしく試し飲みをやってくれるわよね、ユーディアス? この班でたった一人の『男』ですものね?」
 皮肉交じりに微笑むアンジェリカに、ユーディアスはあごを少し上向けて、この上なく不機嫌な顔でうなずいた。
「ああ」

(ユーディに、『男らしく』とか強調したらダメなのに……! 怒ってる……昔みたいにすぐに顔には出さないけれど……絶対に怒ってるよ……!)
 泣きたいぐらいの気持ちになったセシルの手に、ミュゼットは金の杯を握らせ、トンと背中を押した。

「じゃ、いってらっしゃい、セシル! とりあえずユーディアスが飲むぶんを汲んで来てね!」
 その言葉のあとに「恋愛魔法薬を入れちゃうのだけは、忘れないでね!」と聞こえたのは、セシルの気のせいだろうか。
 ――いやきっと気のせいではない。

 なんとか勘弁してはもらえないかと、懇願するようにふり返ったセシルの視線を、アンジェリカもミュゼットも無情にはね返す。
 セシルはがっくりと肩を落として、ミュゼットが木の上で見つけたという水場へと向かった。