セシルは自分の思いを言葉にすることが苦手だ。
相手を嫌な気持ちにさせはしないか。
それが原因で嫌われはしないか。
考えれば考えるほど、言葉が喉の奥につかえて、うまく出てこなくなってしまう。
「……私……」
ダニエルがジロリと、威圧的な視線を向けてくる。
小さな頃から意地悪をくり返されてきた相手に、今ここで思いきって反旗を翻すには、かなりの勇気が必要だった。
それに――。
目の前には頬を赤く上気させたユーディアスの顔がある。
キリッと睨むようにこちらを見ているが、そんな表情さえもやっぱりかわいらしい。
本人は怒るかもしれないが、それでもセシルは、誰よりもかわいいと思わずにはいられない。
「私……私は……」
なんと言ったらダニエルを怒らせずに、ユーディアスも納得させることができるのだろう。
そんな都合のいいセリフなどありはしないのに、必死に探そうとし、その結果、何も言葉が出てこない。
沈黙を続けるセシルに向かって、ユーディアスはしぼり出すように呟いた。
「……わかった。もういい」
セシルがハッと顔を上げた時には、ダニエルの腕から脱出したユーディアスは、すでにこちらに背を向けて走り出したところだった。
「ユ、ユーディ? ……待って!」
いくら呼びかけても、もうふり返ってはくれない。
着ていたふわふわのドレスを若草の上に脱ぎ捨てながら、風のような速さで駆けるユーディアスは、祭りの会場を走り出て、暖かな陽光に照らされた若葉の茂みの向こうへと、すぐに見えなくなった。
あとを追いかけたくても、セシルの足はちっとも動いてくれない。
「ごめんなさい! 待って!」
まるでひき裂かれるように胸が痛い。
ぽろぽろとさっき以上の涙が、セシルの両目からこぼれ落ちた。
(バカだ……なんてバカなんだろう、私!)
ユーディアスはせっかくチャンスをくれたのに――。
セシルがなかなか吐き出すことのできない自分の正直な気持ち。
それを口に出すきっかけを作ってくれたのに――。
迷ってしまったセシルは、彼が与えてくれた絶好の機会に、要領よく一歩前に踏み出すことができなかった。
(ごめんなさい!)
もう一度さっきの場面からやり直したいと思っても――もう遅い。
世の中には、どんなに悔やんでも取り返しのつかないことがあるということ。
自分はかんじんなところで勇気が出せない臆病者なのだということを、身を以って学んだセシル十歳の春――。
あの日からずっと、彼女は変わることなく、もう決してふり向いてはくれないたった一つの背中だけを見つめている。
相手を嫌な気持ちにさせはしないか。
それが原因で嫌われはしないか。
考えれば考えるほど、言葉が喉の奥につかえて、うまく出てこなくなってしまう。
「……私……」
ダニエルがジロリと、威圧的な視線を向けてくる。
小さな頃から意地悪をくり返されてきた相手に、今ここで思いきって反旗を翻すには、かなりの勇気が必要だった。
それに――。
目の前には頬を赤く上気させたユーディアスの顔がある。
キリッと睨むようにこちらを見ているが、そんな表情さえもやっぱりかわいらしい。
本人は怒るかもしれないが、それでもセシルは、誰よりもかわいいと思わずにはいられない。
「私……私は……」
なんと言ったらダニエルを怒らせずに、ユーディアスも納得させることができるのだろう。
そんな都合のいいセリフなどありはしないのに、必死に探そうとし、その結果、何も言葉が出てこない。
沈黙を続けるセシルに向かって、ユーディアスはしぼり出すように呟いた。
「……わかった。もういい」
セシルがハッと顔を上げた時には、ダニエルの腕から脱出したユーディアスは、すでにこちらに背を向けて走り出したところだった。
「ユ、ユーディ? ……待って!」
いくら呼びかけても、もうふり返ってはくれない。
着ていたふわふわのドレスを若草の上に脱ぎ捨てながら、風のような速さで駆けるユーディアスは、祭りの会場を走り出て、暖かな陽光に照らされた若葉の茂みの向こうへと、すぐに見えなくなった。
あとを追いかけたくても、セシルの足はちっとも動いてくれない。
「ごめんなさい! 待って!」
まるでひき裂かれるように胸が痛い。
ぽろぽろとさっき以上の涙が、セシルの両目からこぼれ落ちた。
(バカだ……なんてバカなんだろう、私!)
ユーディアスはせっかくチャンスをくれたのに――。
セシルがなかなか吐き出すことのできない自分の正直な気持ち。
それを口に出すきっかけを作ってくれたのに――。
迷ってしまったセシルは、彼が与えてくれた絶好の機会に、要領よく一歩前に踏み出すことができなかった。
(ごめんなさい!)
もう一度さっきの場面からやり直したいと思っても――もう遅い。
世の中には、どんなに悔やんでも取り返しのつかないことがあるということ。
自分はかんじんなところで勇気が出せない臆病者なのだということを、身を以って学んだセシル十歳の春――。
あの日からずっと、彼女は変わることなく、もう決してふり向いてはくれないたった一つの背中だけを見つめている。