「ふふふ。よく知っておるではないか。陰陽師としての基礎的な教養は学んでいるようじゃな。感心、感心」
名前に引き続き、いま考えていた内容も読まれたようだ。心の中や頭の中を読めるのだろうか。
「恐れ入ります」
「スクナはその少名毘古那神の分け御霊。さすがに神が一柱、まるごと真名のお守りにつくわけにはいかんからの」
はあ、と頷きかけて、聞き返した。「真名って、私、まだ何も――」
「はは。こう見えて八百万の神々の一員だからな。名前ぐらい言い当てられるわい」
「なるほど……」
「おぬしの父から、おぬしを守るようにお願いされた。それで現れたのじゃ」
どうやらこの少名毘古那神さまが父の手紙にあった〝守り神〟で間違いないようだ。礼儀正しくしておいてよかった。
「そうだったのですか。よろしくお願いします」
「少名毘古那神だと長いだろうし、スクナは分け御霊だから〝スクナ〟と呼んでよいぞ?」
スクナがにこやかに言う。機嫌が戻ったようだった。
「あ、ありがとうございます……?」
「あまり急に頭を動かさぬようにな」
「なぜですか」
真名の質問にスクナが不思議そうな顔をする。
「当然ではないか。真名を守るために、スクナは真名の頭や肩の上に立っているのだから。さっき呼び出されたときにも真名の頭の上にいたのだぞ?」
「ええっ!?」真名が目をむいた。「本当ですか!? 重さとか感じませんでしたけど」
「肉体ではないのだから当たり前だろう。一応、誰の目にも見えるように姿を現すこともできるし、真名たちのように見鬼の才のある者だけにしか見えないようにしたり、まったく見えないようにしたりもできるぞ。神さまだから」
そう言ってスクナは机を蹴って真名の頭の上に乗った。
「あ、ほんとだ。全然重くない」
「そういうわけで、しばらく真名を守ってあげよう」
「ありがとうございます」
手鏡で見れば、真名の頭の上でスクナがあぐらをかき、腕を組んで笑っている。
……。
…………。
「あの、スクナ、さま」
「何じゃ?」
「ずっとそこにいらっしゃるのですか?」
「気が向いたら肩に降りる。あ、あと着替えとか〝しゃわー〟とか、そういう〝ぷらいべーと〟なときには消えているから安心するのじゃ」
現代的な感覚にも精通されているようだ。
「お気遣い、ありがとうございます。それと……教えていただきたいのですが、私を守るとおっしゃってましたが、たとえば就職活動のときに悪霊の障りを受けなくなるようにしたりとかお願いできるのでしょうか……」
長々とした言葉遣いをしてみたが、スクナの返事は簡単だった。
「知らん」
「あ、〝知らん〟?」
思わず真名が聞き返すと、スクナはまたふわりと飛んで机の上に降り立った。
「知らんわ、そんなこと。自分で努力せい。スクナが国造りを手伝って神とされたのは、スクナが別の神さまに祈って、その神さまに国を造ってもらったからではないのじゃ。スクナ自身が努力して国造りを手伝ったから、数千年経って神さまとして尊崇されているのじゃ」
分かるか、とスクナが力説していた。見た目は子供で身長自体が十センチくらいだけど、言ってることは理にかなっている。
「確かに、おっしゃるとおりです」
「そうじゃろ? では、明日にでも真名の父親が勧めてくれた『月刊陰陽師』に行くとよい」
「スクナさま、そんなこともご存じなのですか」
真名が尋ねるとスクナが頷いた。
「真名の父親から聞いている。あそこは面白い奴らがいるからな。真名の勉強にもなるだろう。――はは。現代の鏡は左右反対に映るのか」
スクナが鏡の前で手足を動かしながら笑っている。
「鏡って左右反対に映るものですよね?」
真名の疑問にスクナがやれやれという調子で苦笑いした。
「神代の昔には左右逆にならない鏡が普通じゃったよ?」
「ええっ!? そんなの、初めて聞きました」
「左右逆では自分が本当はどんなふうに見えるか分かるまい? 現代には失われた技術が神代の時代にあったのじゃ。科学技術なら現代の方が上だ等と思わぬことよ」
左右逆にならない鏡――逆になれないと使いにくそうだけど、それが現代人の感覚なのだろうと真名は思う。真名は現代人の知らない世界を知っている。でも、自分だって〝現代人〟の端くれなだ。まだまだ知らない世界はあるだろう……。
「ところでスクナさま、先ほど『月刊陰陽師』を勧めてくださいましたけど……」
「うむ。よいところじゃと思うぞ」
「どの辺が私に向いている、と……?」
真名がおずおずと尋ねた。スクナさまには何か見えているのだろうか。それともひょっとして自分には編集者適正みたいなものがあるのだろうか。
けれども、スクナが無慈悲に告げた。