翌日、真名は「月刊陰陽師」のバイトのお休みをもらった。正確には〝取材扱い〟でお金は出るが、高田馬場の事務所には顔を出さない。大学に残り、サークル棟へ行って占星術部の部室を見てくるように言われていた。
サークル棟の前で真名は留美と合流して中へ入る。
「私、サークル棟って初めて入ります」
と真名がうきうきしている。
「あ、そうなんですか。じゃあ、サークルには入っていない」
「はい」
「占星術部なんかどうですか?」
女子大といえどもサークル棟だ。体育会系サークルの辺りは散らかっている。真名は軽いカルチャーショックを受けた。ベニヤを切っている学生もいる。何をやっているのだろう……。
「何か、すごいですね……」
「ああ、あれは演劇部。大道具を自分たちで作るから」
のこぎり引きの音や釘を打つ音が響いていた。不思議なものを見る想いだ。けれども、向こうから見たら不思議なのはきっと自分なのだとすぐに考えた。真名は授業をきちんと受け、終われば図書館か書店か古本屋に寄って寮に戻る。悪いことをしているわけではないが――何かしら熱中することに打ち込んでいるわけでもなかった。
自分はこのサークルの人たちのように、何かに徹底して打ち込んだ経験があっただろうか。問うまでもない。スポーツにしろ、文化系にしろ、真名はこれまで青春すべてをぶつけるようなことはしてこなかった。
原因は、陰陽師という自分の家柄であり、悪霊やあやかしなどが見えるという自分の霊能力のせいなのだが――果たしてそれで正しかったのだろうか。
汗だらけに成ながら演劇の道具を作っている学生の横を、泥まみれのユニフォームを着たソフトボールサークルが数人通り過ぎた。
突然、どこかの部屋からジャズ音楽とステップの振動が溢れ、どのこサークルか分からないけれども元気な笑顔の女の子がふたり階段を駆け上っていく。
彼女達の姿に自分の顔を置き換えて考えてみた。
いまからではちょっと無理かな、という違和感が先に立つ。
でも、心のどこかで不燃焼感がくすぶっていた。
「周りの連中の〝せいしゅん〟とやらがうらやましいのなら、いまからでも遅くないじゃろ?」
真名の心を見透かした一言が、頭上のスクナから降ってきた。
『いまからサークルなんてできませんよ』
「そういうわけではない。いま、ここ、目の前に真名の〝せいしゅん〟はあるのではないのか?」
『目の前、ですか……』
いまの真名の目の前にあるのは「月刊陰陽師」のバイトだ。アルバイトが青春、というのもあるだろうが……。
「目の前の現実で一生懸命になれない人間には道は開けないものじゃぞ?」
スクナの言葉が耳に痛い。言われるまでもなく、分かっているのだ。
真名は自分の霊能力にかこつけて、人と世界から距離を取ってきた。
就活がうまく行かないのは、霊能力のせいもあるが――面接官の肩から真っ黒で血まみれの悪霊が這いずりだしてきて冷静でいられるものか――学生という時代が終わって、社会の中に飛び込まなければいけなくなり、その距離の取り方がまったく分からないせいもあるのだ。
いままでは〝世界対自分〟でよかった。
これからはその世界の中で自分が役目を果たし、〝世界の一部としての自分〟にならなければいけない。
自分は社会の歯車になんかなりたくない、というような子供じみた言い訳をするつもりはない。
ただ単に距離が摑めないのだ。
まるで期日直前に発掘されたレポード課題のように、真名は人と社会に対しての態度を考えなければいけないといきなり突きつけられ、焦っている。
「月刊陰陽師」編集部で仕事をし始めたことで何かが変わろうとしているのは感じてはいた。バッグの中には自分の霊能力の暴走を押さえるための霊符が入っている。泰明が作ってくれたものだ。この霊符があれば、ひょっとしたら一般企業に勤められるかもしれない。
けれども、就活を再開する気にはなれないでいた。
最初こそ、このまま〝特殊な世界〟で完結してしまうかもしれない「月刊陰陽師」編集部には深入りしない気持ちでいた。
深入りしない気持ちから、いまはむしろ深入りしてみたい気持ちに変わりつつある。
それはきっと、そこにいる人たちとの出会いがあったからだ。
編集長以下、みな陰陽師関連。
なのに、霊能力がほとんどないうえになくても犬のように人懐っこい昭五に、霊能力なしでもドSな泰明に、霊能力なしでも仔猫みたいな律樹。
〝霊能力をとっても〟気の置けない人間関係を構築できそうだという発見が真名にはうれしいのである。
サークル棟の前で真名は留美と合流して中へ入る。
「私、サークル棟って初めて入ります」
と真名がうきうきしている。
「あ、そうなんですか。じゃあ、サークルには入っていない」
「はい」
「占星術部なんかどうですか?」
女子大といえどもサークル棟だ。体育会系サークルの辺りは散らかっている。真名は軽いカルチャーショックを受けた。ベニヤを切っている学生もいる。何をやっているのだろう……。
「何か、すごいですね……」
「ああ、あれは演劇部。大道具を自分たちで作るから」
のこぎり引きの音や釘を打つ音が響いていた。不思議なものを見る想いだ。けれども、向こうから見たら不思議なのはきっと自分なのだとすぐに考えた。真名は授業をきちんと受け、終われば図書館か書店か古本屋に寄って寮に戻る。悪いことをしているわけではないが――何かしら熱中することに打ち込んでいるわけでもなかった。
自分はこのサークルの人たちのように、何かに徹底して打ち込んだ経験があっただろうか。問うまでもない。スポーツにしろ、文化系にしろ、真名はこれまで青春すべてをぶつけるようなことはしてこなかった。
原因は、陰陽師という自分の家柄であり、悪霊やあやかしなどが見えるという自分の霊能力のせいなのだが――果たしてそれで正しかったのだろうか。
汗だらけに成ながら演劇の道具を作っている学生の横を、泥まみれのユニフォームを着たソフトボールサークルが数人通り過ぎた。
突然、どこかの部屋からジャズ音楽とステップの振動が溢れ、どのこサークルか分からないけれども元気な笑顔の女の子がふたり階段を駆け上っていく。
彼女達の姿に自分の顔を置き換えて考えてみた。
いまからではちょっと無理かな、という違和感が先に立つ。
でも、心のどこかで不燃焼感がくすぶっていた。
「周りの連中の〝せいしゅん〟とやらがうらやましいのなら、いまからでも遅くないじゃろ?」
真名の心を見透かした一言が、頭上のスクナから降ってきた。
『いまからサークルなんてできませんよ』
「そういうわけではない。いま、ここ、目の前に真名の〝せいしゅん〟はあるのではないのか?」
『目の前、ですか……』
いまの真名の目の前にあるのは「月刊陰陽師」のバイトだ。アルバイトが青春、というのもあるだろうが……。
「目の前の現実で一生懸命になれない人間には道は開けないものじゃぞ?」
スクナの言葉が耳に痛い。言われるまでもなく、分かっているのだ。
真名は自分の霊能力にかこつけて、人と世界から距離を取ってきた。
就活がうまく行かないのは、霊能力のせいもあるが――面接官の肩から真っ黒で血まみれの悪霊が這いずりだしてきて冷静でいられるものか――学生という時代が終わって、社会の中に飛び込まなければいけなくなり、その距離の取り方がまったく分からないせいもあるのだ。
いままでは〝世界対自分〟でよかった。
これからはその世界の中で自分が役目を果たし、〝世界の一部としての自分〟にならなければいけない。
自分は社会の歯車になんかなりたくない、というような子供じみた言い訳をするつもりはない。
ただ単に距離が摑めないのだ。
まるで期日直前に発掘されたレポード課題のように、真名は人と社会に対しての態度を考えなければいけないといきなり突きつけられ、焦っている。
「月刊陰陽師」編集部で仕事をし始めたことで何かが変わろうとしているのは感じてはいた。バッグの中には自分の霊能力の暴走を押さえるための霊符が入っている。泰明が作ってくれたものだ。この霊符があれば、ひょっとしたら一般企業に勤められるかもしれない。
けれども、就活を再開する気にはなれないでいた。
最初こそ、このまま〝特殊な世界〟で完結してしまうかもしれない「月刊陰陽師」編集部には深入りしない気持ちでいた。
深入りしない気持ちから、いまはむしろ深入りしてみたい気持ちに変わりつつある。
それはきっと、そこにいる人たちとの出会いがあったからだ。
編集長以下、みな陰陽師関連。
なのに、霊能力がほとんどないうえになくても犬のように人懐っこい昭五に、霊能力なしでもドSな泰明に、霊能力なしでも仔猫みたいな律樹。
〝霊能力をとっても〟気の置けない人間関係を構築できそうだという発見が真名にはうれしいのである。