それまで画面で画像の調整を細かくしていた律樹が口を開いた。

「編集長さー、そういう話も大事だと思うんだけど、電話の取り方とか教えた方がいいんじゃない?」

「俺もそう思う」と泰明が小さく手を挙げ、同意の意を示す。

「ふむ……。陰陽師というのは霊的な仕事が多いから、どうしても実務よりも理念的な説明の方が多くなりがちだね。反省反省。――泰明くん」

「はい」

「電話の取り方とか、コピーにファクス、メールとかその辺、教えてあげて」

 昭五がそう言うと、泰明が椅子を後ろに引きながら、大急ぎで何かを打ち込んで立ち上がった。

「よし。その記事、それで内容固めたから、律樹、レイアウトよろしくな」

「オッケー」

 泰明がノートパソコンだけの自分の席に戻り、真名を呼んだ。

「お忙しいところ、ありがとうございます」

 泰明の席の隣が真名の席だった。ノートパソコンが置いてある。真名の席の、泰明とは反対側が〝お誕生席〟の昭五の席だった。

「まあ、この中では俺がいちばんまっとうに物事を教えられるだろうからな」

「…………」と真名は黙っている。事実だが、言い方が何とも言えない。

「電話の取り方だけど、簡単だから」

 そう言って、泰明は自分と真名の机の間にある電話で内線を使ってみせる。軽めの着信音が響いた。

『はいはーい。美馬でーす』
 と、編集長席に戻った昭五が手を振りながら答えた。泰明はすぐに内線を切った。

「さっきの音がしたら内線が入っている合図。他の電話でも点滅しているランプを押せば取れるから、積極的に取ってくれ。受付に人が来たときとか」

「はい」と真名が一生懸命メモを取る。

「次が外線。――律樹、オフィスに電話してみてくれ」

 泰明の指示通り、律樹がスマートフォンから編集部に電話をかけた。かかってきた着信音は内線のときより高い音だった、と思う。「思う」と曖昧なのは、泰明がワンコールで受話器を取ったからだった。

「はい、『月刊陰陽師』編集部です」

 泰明がいつもの声よりやや高い声で電話を受けた。まともな対応だ。この人、こんなこともできるのかと衝撃が走った。

『正文堂印刷の柳川です。美馬編集長はいらっしゃいますか』

「少々お待ちください」と言った泰明が保留ボタンを押し、編集長席の内線を押す。

『はいはーい。美馬です』

「正文堂の柳川さん、三番です」

 泰明がそう言うと、昭五が受話器から耳を外して、

「それで、私が三番のランプを押すと、正文堂さん――いまは律樹くんだけど――と話が出来る」

「保留になっていたランプが点灯したままになれば、編集長と外線が繋がったことになるので、こちらは受話器を下ろしていい」
 と言って、泰明が受話器を下ろした。昭五たちも受話器を置く。

「ちなみに、いま僕がやった『正文堂の柳川さん』が、うちの使っている印刷屋さんで、いちばん電話がかかってくると思うよ」
 と、律樹が付け加えた。真名はメモを取る内容が一気に増えててんやわんやである。

「覚えたな?」

「えっと、一回ではまだ自信が……」

 真名が正直に答えると泰明が残念な子を見る目つきで淡々と続けた。

「俺が教えたのだから覚えろ」

「はい……」ドSだ。

「とにかく電話は積極的に取れ。身体で覚えろ」

 はい、と真名が答える。しかし、もっと気になることがあった。

「泰明さんって、普段と働いているときのギャップというか、さっきも電話の声がいつもより高かったりして……」

 すると、泰明が頰をひくつかせた。

「当然のマナーだろ」

 ちょっと怒ったような声だったので、真名は慌てて訂正する。

「いえ、そうではなくて。何かこう、働いているって感じでかっこいいです」

 真名の言葉を泰明は完全に無視した。

 パソコンの前で律樹がにやにやしている。

「律樹、何か言いたいことがあるのか」

「いいえ? 別に?」

 相変わらず怖い顔の泰明が、大きな声を出した。

「今夜、神代の歓迎会をやるけど、律樹は飯抜きな?」

「ひっでー。横暴だぞ」

 うるさい、と一喝した泰明が真名にも指示する。

「電話の取り方は以上。外部からの電話は基本、ワンコールで取ること。いいな」

「はい」

 泰明の教え方は軍隊式の教育に近いらしい、と真名はおぼろげながらに悟り始めていた。