葛まんじゅうの「夏小花」、錦玉のようかんの「水かがみ」、お花の形をした求肥とまろやかなこし餡が入った「花かざり」。雫屋さんから三種の和菓子が用意された。

 雫屋の店頭に並ぶ初夏の和菓子とは別注で作られたものだ。
 どの和菓子も美しく美味だ。けれど凝りすぎていない。

 それは、この店は聞香処だからだ。

 香りに心を傾けたい人たちが訪れる場所だから主役は香りでなければならない、そう雫屋さんは考えてくれたようだ。

 シンプルでいて、美しい和菓子の三種の中からひとつと、三種の香りの中から一種選んでいただき、厨房に伝える。すると、恭太郎が和菓子と煎茶を用意してくれ、その間に、颯ちゃんがお客様が選んだ香木を入れた電気香炉を用意する。

 そして、電気香路を運び、お客様と対面した颯ちゃんは、聞香の簡単な所作をお伝えするのだ。

「ようこそいらっしゃいました」

 電気炉をお客様の前に置いた颯ちゃん。お客様の背筋もスッと伸びた気がする。

「聞香は初めてですか?」

「はい」

「そうでしたか。ようこそ、聞香の世界へ。今日は気軽に楽しんでいってくださいね。こちらでは難しい所作は省きまして、簡単な所作だけお伝えさせていただきます」

「はい。お願いします」

「緊張してきたね」「うん。大丈夫かな」と顔を見合わす二人のお客様。

「簡単ですので、大丈夫ですよ」

 颯ちゃんの穏やかな笑みに彼女たちの肩の力が抜けたのがわかった。颯ちゃんはゆっくりと電気炉の説明をしだす。

「まず香炉を左の手のひらに載せ、左親指を香炉のふちにかけてしっかりと持ちます。右手は親指以外の指をそろえて、香りが逃げないように香炉の上部を覆います。」

「こうですか?」

「はい。そうです」

「香炉を顔に近づけ、右手親指と人差し指の間にできた半月上の隙間に花を買着く近福家、ゆっくりと香りを吸い込んでください」

 低音で聞き取りやすい声が店内に響く。

 お客様は頷いて、香りを聞く。

 香炉で炊いた香木の香りを楽しめる時間は、二十分から三十分程度だ。

「いい香り……心が落ち着きますね」

「ありがとうございます」