魔王様はおにぎらずを、とてもお上品に両手で持った。そして、ゆっくりと食べ始める。黙々と食べ進めているその姿を見ていると、私に緊張感が募る。果たして、その高貴なお口に合ったのか……そわそわしていると、魔王様はふと私を見た。

「どうかしたのか?」
「いえ、あの……お口に合いましたか?」

 恐る恐る尋ねると、魔王様は口元を拭きながら小さく笑みを浮かべた。

「あぁ。今まで食べたことのない料理だったが、中々美味であった」
「はぁ、良かった」

 私は胸を撫でおろす。魔王様は半分を食べ終えたところで、お茶を手に取り飲み始める。そして、疲れた体をほぐすように首を傾け肩を回す。傍から見ているだけだけど、その仕事量は相当なものだった。

「大変そうですね、仕事……」
「書類を確認して決裁するだけなのだが、他の者にさせる訳にいかないからな。ほとんどが、戦争の後増えた国土の公共工事に関するものなんだが」
「戦争?」
「あぁ、数年前までこの国は他の国と戦争中だった。結果として国土を増やすことができたから良かったが……犠牲は大きすぎた、な」

 魔王様は遠くを見つめながらため息をつく。

 私の中にある【魔王】のイメージが崩れていくような気がした。傍若無人で思いつくまま悪行の限りを尽くす魔王ではなく、こんな地味な作業を黙々とこなし、戦争の犠牲を憂う魔王がいたのか、と。

「エミリアの様子はどうだ? 上手くいっているか?」
「……いえ、それが中々難しくて……」

 成果が上がっていないことを素直に告げると、魔王様は「仕方ない。すぐに解決するとは思っていなかったからな」と、少し諦めたような口調で言った。

「そう言えば、エミリア様はいつも一人でお食事を召し上がるんですね」
「そうだな。誰かが一緒に食事をとってくれたらいいのだが……私はこの通り仕事に忙殺されている。エミリアと一緒に食事をするなんて、年に数回あるかどうか、だよ」

 一瞬、魔王様の横顔が寂しそうに見えた。それが、昼間に見たエミリア様の表情に何だか似ている気がして……。

「あの、魔王様」

 思わず、私は口を開いていた。

「もしよかったら、今度エミリア様のために時間をつくってくれませんか?」

***

 数日後、私は出来上がったエミリア様専用の昼食を王家専用の食堂に運んでいた。足元には、ちょっぴり憤慨しているエゴールがいる。

「魔王様だってお忙しいのに、余計な時間を使わせて! あなたと言う人は何を考えているのですか!」
「だって、思いついちゃったんだもの。いいでしょ、たまには。親子で食卓を囲むのも!」

 私がワゴンで運んでいるのは、いつものエミリア様一人分の食事ではなく、魔王様の分もある。今日は趣向を凝らして、二人で一緒にご飯を食べてもらうのだ。

「確かに、お二人でお食事を共にすることは中々ありませんが……どうしてコユキ様はこのような事を思いつかれたのですか?」
「内緒!」

 エゴールはため息をつきながらも、食堂のドアを開けてくれる。そこには、どこか緊張した魔王様とエミリア様の姿があった。二人とも、真正面に座っているのに互いに目を合わせようとしない。親子としてのぎこちなさがそこにある。

「すいません、遅くなりました」

 私はそれに気づかぬように、いつもの調子で二人に声をかける。

「こちらが、今日の昼食です。どうぞお召し上がりください」

 私は二人の前に蓋が被さったままのお皿を置く。

「今日のメニューは、【色とりどりの野菜ニョッキ】です」

 私はそれと同時に蓋を取る。ジャガイモで作ったプレーンニョッキに、ニンジン、ホウレンソウ、カボチャのペーストを加えて色付けしたニョッキがお皿に並んでいる。それ以外、小鉢にはディップソースもある。エミリア様も食べることができるトマトソースやチーズソース、バジルマヨソースなんかも加えてみた。
 
 エミリア様は、ぽかんと口を開けたまま小さく呟いた。

「……おかあさまのティアラの宝石と同じ色……」

 その言葉に、魔王様は皿を持ち上げてまじまじと見つめていた。そして、優しく笑う。

「本当だな、よく似ている」
「あのティアラをイメージして作ったんですよ。これならエミリア様にも気に入ってもらえるかなって」
「よかったな、エミリア。グラフィラのティアラ、ずっと欲しいと言っていただろう」

 魔王様の声音がうんと優しく聞こえた。きっと、【グラフィラ】というのが亡くなったエミリア様のお母さんの名前なのだろう。でも、エミリア様は不満そうに唇を曲げる。

「でも、これはほんものじゃないわ。きっと野菜よ! 私、野菜なら食べないんだから!」
「エミリア様、そうとは言わずにお召し上がりください」

 エゴールが懇願しても、プイッと顔をそむけたエミリア様はフォークすら持ってくれない。今日も失敗か……と私ががっくりうなだれた時、魔王様が「いただきます」と呟いていた。

「コユキ」