園山美玲は、暗い部屋の中で机の前に座っている。
 夜中だというのに、部屋の電気は付けられてはいない。唯一光を放つ机の上のランプは、過ぎるにも程を知らない美玲の美しい顔に影を作っている。精巧に造られた彫刻のように、まばたき一つしない美玲は、開かれた空白のノートを見詰めている。
 右手にはペンを持っている。その右手が徐に動き出した。

『私は喜びも悲しみも楽しみも怒りも分からない。私には感情というものがない。両親が私の事を普通ではないと気付いたのは、私が幼稚園に通っていた時だ』

 美玲は顔色一つ変えずに、黙々とペンを走らせていく。

『私はその時の事をはっきりと覚えている。母親は私の腕を取り、病院に連れて行ったのだ。
 私は毎週、病院に連れて行かれた。そして、私は体の隅々まで検査をされた。
 シゾイドパーソナリティー障害。医者は私にその病名を付けた。
 私が小学生になる頃には、両親は私に人間はどのような時に笑うか等の感情の表し方を懸命に教えた。しかし、私には理解出来なかった。
 楽しいから笑う。楽しいが分からない。
 心が弾むから楽しい。心というもの自体が分からない。しかし、私も少しずつだが、何となく頭の中では理解できた気がした。
 私を普通の人間にしたかった両親は、私にそれを演技するように躾た。いや、躾とは違うかもしれない。両親は私に何度も頼んだ。あれは懇願という行為だろう。
 両親は涙を流しながら、私に演技するように頼んだ。
 普通ではない私が学校で虐められないようにするには、普通を演じなければならないと話していた。
 私は理解はしたが、それを拒絶した。
 私には感情はないが、自我はある。言いなりになるロボットではない。
 幼い私は、何の為に普通な振りをするのか、理解出来なかったのだ。