「ああ」
俺は男の問いに迷いもなく頷いた。
「なら、それに他人を巻き込むな。電車が遅延したら、一体何百人の人に迷惑がかかると思う? 会社向かってる社会人は頭下げればいいだけだけどな、受験生とかはお前のせいで試験会場行けなくなったりするかもしれないんだぞ?」
顔をしかめて男は言う。確かに今は秋だから、受験生の中には今日推薦入試を受けるなんて奴も多いのかもしれない。でもそれがなんだ? 試験に遅刻するのくらい別にいいじゃないか。だって、試験なんてどうせ落ちてもまた受けられるんだから。
売られることが決まってて学校にも通えない俺より、よっぽどいい。
「うるさい。あんたに俺の何がわかるんだよ」
「わからない。ただ、自殺に他人を巻き込む人間は平たくみんなクソだ。死にたいなら勝手に死ね。けど、他人を巻き込むんじゃねえ。事故死にみせかけた自殺とかするんじゃねぇ」
なんで名前も知らない男にこんな説教されなきゃいけないんだよ。
腹が立った俺は、説教を無視した。
「……」
「……はぁ。あんた、名前は?」
何も言わない俺を見てため息を吐いてから、男は言う。
「……佳南芽」
「じゃあ佳南芽、行くぞ」
そう言うと、男はあごで前を示した。
「あの人達の指示に従え」
前を見ると、作業服を着たヘルメットをかぶった人たちが線路に降りてきていた。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか!」
「大丈夫なので、先にこいつをホームにやってください」
俺を指さして、男は言う。
「はい!」
作業服を着た人は大きな声を出して頷いた。
自殺する気が失せた俺は、作業服を着た人たちの指示に従ってホームに上がった。
「じゃあな、佳南芽。別に死んでもいいけど、もう線路降りるのだけはやめろよ」
「……あんたに関係ない」
俺はそういうとホームを抜け、駅を出ていくあてもなく歩いた。