「……何であんなことすんだろうな。大人はみんな最低だ」
「風兎の親のことか?」
首を傾げて、悪魔は言う。
「ああ、本当にひどいよな。捨てるだけじゃなくて、学校も退学させるなんてさ」
「……酷いのは何もコイツの親だけじゃない。虐待をしてる親とか、子供を雑に扱う親は総じてみんなクズだ。まあ、その親のせいで心を痛めて自殺するか、そうしないかは子供次第だけどな。親がどんなに酷い人間だったとしてもそれを気にせず生きようと努力する奴もいるし、お前みたいに自殺しようとする奴もいれば、こいつみたいにショックは受けるけど自殺まではしない奴だっている」
「……自殺しないんじゃなくて、できないんだろ」
「自殺はな? でもいっただろ。植物状態にはなれるって。こいつはそうなろうともしなかった。それがお前とこいつの決定的な違いだ。あんたはいつ死んでもいいと思ってるけど、こいつはそうは思ってない。こいつは命を軽視しちまってるけど、それを止めなきゃいけないと思ってる。そんなこと微塵も考えてないお前と違ってな」
「……だからなんだよ」
「いーや?、何も? 変われるといいな、お前」
「変わる?」
「ああ。そいつと過ごすことで、命軽視しなくなるといいな」
そう言って、悪魔は笑った。
俺はふと、今日行ったカラオケのことを思い出した。
「なぁ風兎、きたのはいいんだけどさ、何歌えばいいのかな?」
デンモクをタッチペンで操作しながら、首を傾げた俺に、風兎は言った。
「そもそも君が前いた世界にあった曲はあるのかな?」
「それじゃん! ないんじゃね?」
「いや、僕に聞かれても困る。そもそもなんでそれ考えてなかったんだよ」
「しょうがないだろ? カラオケ行ったことないんだから! 来るのあこがれだったんだよ!」
癇癪を起すみたいに大声を上げて俺は言う。
「それ、威張るみたいに大声出して言うことじゃないからね?」
「うるせー!」
「アハっ、アハハハハハハハ!! キミって本当にどっか抜けてるよね!!」
風兎は突然、声をあげて笑い出した。
「それけなしてるだろ!!」
「少しね? いやあ、それにしても本当に君といると退屈しないね!」
涙を流して笑いながら、風兎は言った。
「まあ、……面白いならよかった」
「うん!」
そういって、風兎は元気よく頷いたんだ。
俺は風兎と話してると、よく時間を忘れてしまう。この時間がずっと続けばいいのになって、そう思う。でも、だからといって生きたいとは思えない。前の世界にいた時ほど強くは思ってないけど、俺はまだ死にたいと思っている。
「……人はそんな簡単に変わんねえよ」
「そうとも限らないさ。じゃあな」
そう言うと、悪魔はベランダの柱の上に上がった。どうやら飛んで帰るつもりらしい。
「待て! お前、何で俺をこの世界に連れて来たんだ?」
俺は慌ててベランダに行くと、声をあげて言った。
俺の自殺を止めたのも、俺をここに連れてきたのもこいつだ。それには理由があるのではないかと思った。
「……ただの気まぐれだ。理由なんてない。強いて言うなら、お前があまりにも死にたそうな顔をしてたからだな」
そういって、悪魔は余裕そうに笑った。
「……俺、まだそんな顔してるのか?」
「いや? 少し変わった。今は生きるか死ぬか迷ってるって感じだ」
「俺が迷ってる……?」
「ああ。だから言っただろ。変われるといいなって」
そういうと、悪魔は俺の頭をふわっと優しく撫でた。
「お前は本当に悪魔なのか?」
「アハハ! さあ、どうだろうな? 少なくともただの悪魔じゃないことだけは確かだけどな。なんせ、不老不死の人間がはびこる世界なんて作っちゃうんだから」
「……自画自賛かよ」
「ああ」
楽しそうに笑って、悪魔は俺の頭から手を離した。
「……じゃあな」
そういうと、悪魔はまたベランダの柱の上に上がり、飛んでいった。
「……佳南芽? 誰と話してたの?」
ベランダから部屋に戻ると、風兎が俺を見て目をこすりながら首を傾げた。
「悪い。起こしちゃったか?」
「大丈夫。誰と話してたの?」
「……俺をこの世界に連れてきた奴だよ」
「それなら僕も話したかったなぁ」
あくびをしながら、風兎は言う。
「何話すんだよ?」
「お礼言わなきゃでしょ。 佳南芽を連れてきてくれてありがとうって」
俺は何も言わず、風兎を抱きしめた。
人生なんてクソだ。
俺の親も風兎の親も本当に酷い親で、考えるだけで嫌になる。でもそれを理由にして自殺するのは必ずしも正解の選択ではないのかもしれない。
あの日自殺していたら、俺はこいつに会えなかったわけだし。
「どうしたの? 佳南芽」
「いや、なんでもない。ただ、少しこのままでいさせて」
「うん、いいよ」
そう言って、風兎は嬉しそうに口角を上げて八重歯を出して笑った。
「んっ」
床に雑魚寝していた俺は、窓から照りつける朝日が眩しくて目を覚ました。
「おはよう佳南芽。朝ご飯もうすぐできるからね」
台所にいる風兎が後ろに振り向いていう。
「おはよう風兎。早起きだな」
伸びをしながら、俺は起き上がった。
「佳南芽こそ」
「俺も手伝うよ。何作ってるんだ?」
風兎の頭を撫でて、俺は笑う。
「ハムエッグだよ」
「そうか。じゃあ俺はサラダでも作ればいいか?」
「うん、作って。切り方とか教えるから」
「了解!」
そう言うと、俺はキャベツやトマトやハムを切ったりして、サラダを作った。
「美味しい! 佳南芽って意外と料理できるんだね!」
俺が作ったサラダを食べながら、風兎は言う。
「いやしたことないよ。お前の教え方がいいんだろ。分かりやすい」
「そんなこと言われたら照れちゃうな」
そういって、風兎は顔を赤くして嬉しそうに笑った。
「なんでだよ? 事実言っただけだろ?」
「はぁ……全く、僕の親友はなんでそういうことを恥ずかしげもなく言うのかな」
ため息をついて、風兎は何気ない様子で言った。
「えっ、親友?」
「違うの?」
一筋の涙が頬を伝う。
「えっ、何で泣くんだよ?」
誰かに親友だなんて言われたの初めてだった。なんていえばいいのか全然わからなくて、ただただ無性に涙が溢れ出す。
「ククッ。佳南芽は泣き虫だね」
そういって、風兎は俺の頭を撫でた。
「うっさい!」
俺は涙を拭いながら叫んだ。
――生きたい。
人生なんてクソだ。
俺の親父も風兎の家族も本当に酷い。それに悪魔に提案されてきたこの世界だって、血潮にまみれていて、はっきりいってとてもいい世界ではない。
それでも、俺はこの世界でコイツと生きていきたい。
風兎と毎日ご飯を食べて、くだらないことで笑い合って生きていきたい。叶うなら永遠に。
こいつと一緒なら、不老不死も悪くない。
いや、俺はこいつと、永遠を共にしたい……。
それで俺はいつか、こいつが家族のことで作り笑いをしなくなるような未来を作りたい。
そんなのできるかわからないけれど。それでも、俺は本気でそんな未来を作りたいと思った。
……悪魔の言った通りに考えるようになった。まだあの悪魔と話してから、一日しか経ってないのに。でもまぁ、それもいいのかもしれない。
――ねぇ神様、たぶん俺は貴方を一生許さない。
産まれて間もない俺を地獄に突き落とした貴方を、俺は永遠に許さない。
でも、感謝はしている。
あの悪魔と俺を引き合わせてくれたこと。
俺をこの世界に連れてきてくれたこと。
この世界で、風兎に出会わせてくれたこと。それだけは、本気で感謝している。
こいつが明日死ぬなら、俺の寿命は明日まででいい。
こいつが明日も息をするなら、明日も俺は息をしよう。
この殺戮に溢れているけど、前よりマシな世界で。