「……人はそんな簡単に変わんねえよ」
「そうとも限らないさ。じゃあな」
そう言うと、悪魔はベランダの柱の上に上がった。どうやら飛んで帰るつもりらしい。
「待て! お前、何で俺をこの世界に連れて来たんだ?」
俺は慌ててベランダに行くと、声をあげて言った。
俺の自殺を止めたのも、俺をここに連れてきたのもこいつだ。それには理由があるのではないかと思った。
「……ただの気まぐれだ。理由なんてない。強いて言うなら、お前があまりにも死にたそうな顔をしてたからだな」
そういって、悪魔は余裕そうに笑った。
「……俺、まだそんな顔してるのか?」
「いや? 少し変わった。今は生きるか死ぬか迷ってるって感じだ」
「俺が迷ってる……?」
「ああ。だから言っただろ。変われるといいなって」
そういうと、悪魔は俺の頭をふわっと優しく撫でた。
「お前は本当に悪魔なのか?」
「アハハ! さあ、どうだろうな? 少なくともただの悪魔じゃないことだけは確かだけどな。なんせ、不老不死の人間がはびこる世界なんて作っちゃうんだから」
「……自画自賛かよ」
「ああ」
楽しそうに笑って、悪魔は俺の頭から手を離した。
「……じゃあな」
そういうと、悪魔はまたベランダの柱の上に上がり、飛んでいった。
「……佳南芽? 誰と話してたの?」
ベランダから部屋に戻ると、風兎が俺を見て目をこすりながら首を傾げた。
「悪い。起こしちゃったか?」
「大丈夫。誰と話してたの?」
「……俺をこの世界に連れてきた奴だよ」
「それなら僕も話したかったなぁ」
あくびをしながら、風兎は言う。
「何話すんだよ?」
「お礼言わなきゃでしょ。 佳南芽を連れてきてくれてありがとうって」
俺は何も言わず、風兎を抱きしめた。
人生なんてクソだ。
俺の親も風兎の親も本当に酷い親で、考えるだけで嫌になる。でもそれを理由にして自殺するのは必ずしも正解の選択ではないのかもしれない。
あの日自殺していたら、俺はこいつに会えなかったわけだし。
「どうしたの? 佳南芽」
「いや、なんでもない。ただ、少しこのままでいさせて」
「うん、いいよ」
そう言って、風兎は嬉しそうに口角を上げて八重歯を出して笑った。