時差もないし、本当にここは不老不死の人間がいること以外前の世界とかなり似ている。

 でも、決定的に違うことが一つだけある。それは、人身売買が行われていないことだ。

 誰も他人のことを見ていない。もちろん元殺人鬼とかのことは観察してるが、他の人間のことは全然見ていない。

 この世界だと、髪を隠す必要性はないのかもしれない。

 直後、急に強風が押し寄せてきて、被っていたパーカーのフードがはぎ取られた。

 俺は慌ててフードを摑み、被ろうとする。

 俺はふと気になって、あたりを見まわした。
 ――誰も俺の白髪を見て騒ぎもしない。それどころか、誰も俺の髪を見ていなかった。

「佳南芽? どうしたの?」

 俺の顔を覗きこんで、風兎は言う。

「いや。……この世界は、平和だな」
 
 俺は髪を触りながら、小さな声で呟いた。

「え? 全然平和じゃないでしょ。元殺人鬼めっちゃいるし」

 目を丸くして、風兎は言う。

「まぁそれはそうなんだけどさ……。俺、前の世界ではこうやってフードとってると騒がれたりとかよくしてたから、それがないだけで、平和な感じがする」
 
「ああ、それはそうかもね。確かに、他人のことを見たり、他人を値踏みしたりしてる人間はいないね」

 うんうんと頷きながら、風兎はいう。

「……なんでいないんだ?」

「みんな生きるのに精いっぱいだから。ここは知っての通り元殺人鬼に襲われて危ない目に遭うのが日常茶飯事だからさ、みんな殺人鬼のことは気にしてるけど、他の奴のことは全然気にしてないんだと思うよ」

「……そっか」

 目を丸くした後、ほんの少しだけ口元を綻ばせて俺は言う。

「うん。だから僕に髪がないのも、君が白髪なのも誰も気にも留めてないよ」
 
 そういって、風兎は左手で俺の頭を撫でた。

「ちょっ……」

 思わず戸惑いの声が漏れた。

「前見た時も思ったけど、やっぱり綺麗な髪だね」

 頭を撫でながら、風兎は口元をゆるめ、ふっと柔らかく微えむ。
 
「……そんなことねぇよ。親父に染められた髪だし」

 風兎の左腕を掴み、俺は首を振った。

「……綺麗だよ、凄く。だって、誰に何されたとしても、この髪が君の髪なのは変わらないだろう?
 
 君は綺麗だ。心も、身体も。だから、君の髪も美しい」

「ハッ、馬鹿じゃねえの」

 そう言って、俺は笑った。

 ―――内緒だ。そう言われて、すごく嬉しかったことは。