仕切りの向こう側で会話は続く。

「いくら大病院の跡取りでも、私はいいわ」

「てか、ちゃんと医大出てるのかな」

「お金じゃない?」

私のことではなく、新郎のことらしかった。
同席している男性たちの目がないところででは女って汚いものだ。いくら本人の耳に入らなくても、口に出すことではないのに。

「汐里って昔から自慢ばっかりだけど、お金があるだけでしょ」

彼女たちの陰口は新婦である汐里のことに移った。

「お父さんが社長っていっても元は町工場でしょ。成金じゃない」

「旦那とか家柄も買えちゃうんだから金の力って怖いわね」

アルコールのせいだろうか。笑いさざめきながら出ていく集団をそのまま息をひそめてやり過ごすことができず、私は彼女たちの後に続いて靴音を響かせながらパウダールームを出た。

「あ、紺子、居たんだ」

「ねえ、紺子も思ったでしょ?」

「何を?」

「汐里の実家ってブルーカラーよ。知識階級ぶってるけど」

やっぱり私は飲みすぎているに違いない。自分には関係ないことなのに、カチンときてむきになってしまった。

「知識階級の基準ってあるの? むしろ職業に貴賤をつける方が知性に欠けると思う」

でも腹が立った一番の理由は、少し前まで自分もこの友人たちと同じ集団にいて、その価値観のもとで嘘をついたことだ。自分に制裁を加えたい衝動にかられ、私はつい暴露してしまった。

「私もブルーカラーよ。でも今の仕事も気に入ってるの」

「え、紺子は菱沼のファッション部門じゃなかった?」

「今はスーパーに出向して毎日お肉を切ってる」

「えええ⁉」

やらかしてしまったというのと同時に〝どうだ!〟とも思う。不思議に後悔はなかった。長年の憑き物が落ちたみたいに自由で、高笑いしたいぐらいせいせいしていた。やっぱり私は酔っているのだろう。