「父さん、母さん?」

腫らした顔や目、目から顎へと止めどなく流れつづけ雫の跡を残す肌、鼻をすすりその拍子に震える肩───悟の両親は泣いていた。

現実味を帯びた光景に、先ほどまでいた流動体の深淵が夢であり、その中で悟に呼びかけていた声が自身の両親であったことに気がつく。

状況の把握が出来ておらず、悟はただ目を丸くするばかりである。

視線を彷徨わせると、自身の身体を覆う純白の掛け布団、シーツ、両側に設置されたベッド柵───見なれぬ天井がそこにあった。

悟が理解するまでには情報量が足らず、肘をついて身体を起こす。

「いてて……」

身体を少し動かすだけでも、いたるところに電流が肉体を駆け巡るような痛みが走る。

悟の母は「よかった」と何度も呟き、両手で顔を覆った。零れ落ちた涙は手に収まりきらず、着用している紺のガウチョパンツに染みをつくる。

父は口を結び流れ続ける涙を堪えてどうにか耐えた。

「悟、実はな───」

悟の父はきつく結ばれた口を開くと、現在の状況に至るまでの経緯を説明し始めた。

大型トラックにはねられた悟は、目撃していた通行人の電話により、すぐに救急搬送された。
当初、悟は意識不明であった。病院に到着して直ぐ、悟は人工呼吸器を装着され集中治療室へ入れられる。人工呼吸器は五日で外れ、その後一般病棟へ移された。

しかし、悟は目を覚ましはしない。

CT検査やMRI検査で血腫や脳挫傷は認められなかったため、びまん性軸索損傷と診断された。

そして、受傷直後から意識消失が六時間以上も続いていたため、遷延性意識障害──すなわち、昏睡状態であった。

悟が交通事故に遭い、一ヶ月が経過した頃。すでに植物状態になっていてもおかしくない状況であったが、一向に目を覚ます気配はない。

悟の両親は、祈った。


植物状態でもいいから目を覚ましてほしい──と。


植物状態であれば、意識的な行動は困難となるが、目を開くことはできる。両親は、目を開く悟の顔を見て悟が生きているのだと安心したかったのだ。




それから十五日が経過した今日、悟がようやく目を覚ましたのである。