悟は今夜も好盛を部屋に招いて、だらだらと解決しないことを話しては、昼間の出来事などを報告し合っていた。

「いやぁ〜、雪が降ると木の実が雪に埋れて探しにくくなるし、参ったぜ……」
「え、じゃあ今日ご飯食べてないの?」
「食べたさ。人間はかなり嫌がるけど、生ゴミを漁ってな」

冬は動物たちにとって、大変なんだなとしみじみ思った悟は、友である好盛が心配になった。

「食べ物、いる? お菓子とかなら母さん、何も言わないだろうし……」

悟がそう言うと、先程まで調子良く話していた好盛が一瞬ぴたりと動きを止めたかと思えば、次はバサバサと翼を広げて天井を飛び回り体勢を安定させ、悟の頭を黒く鋭いクチバシでつつき始めた。

「い、いてっ‼︎ ちょ、何、するんだよ⁉︎」

攻撃を受け続ける頭部を守るように、悟は両腕で頭部を覆って庇いうずくまる。暫く悟の頭部を一方的に攻撃していた好盛は、満足したのかフローリングに足をついて、広げた羽を折りたたむ。

「悟、おまえは他の奴ら(動物たちが)が"食べる物がないから困ってる。だから、助けてほしい"って向こうから声をかけられたら、そう言う奴ら全員にご飯を恵むのか?」

「そ、それは……」

威圧にも似た凄みのある、普段よりも一段と低い声で好盛に問われた悟は、刹那身体を堅くし、視線を彷徨わせ、口籠もる。

悟からすれば好盛が何故このような態度をとるのかさっぱり意味がわからないといった様子である。それもそのはず、ただ食べるのに困っていた友人の好盛を助けたいという思いで出た言葉だったのだから。

「おまえはただ、付き合いの長いオレ(ダチ)を助けたいって思ったんだろうな……」

悟はただ無言で頷くのみに留めると、好盛の続く言葉に耳を傾けた。

低くなった好盛の声に乗っていた圧は和らぎ、今度は涼やかで寂しさや悲しさの入り混じった声に切り替わる。

「だがな、人間と他の奴ら(他の動物たち)との線引きはしっかりしなきゃならねぇ。人間とオレたちの生き方は違うんだ。オレたちは常に弱肉強食の世界で生きている。弱い奴らから死んでいき、強い奴らが生きる世界。オレたちの世界は誰がいつ死んでもおかしくない世界なんだ。そんな厳しい世界で生きてきたオレたちにおまえが……おまえたち人間が仮に食べ物を与えたとする。確かにそれによって救われる奴ら(動物たち)がいるだろう。だが、それが人間の気紛れで与えるのを止めてしまったとき、オレたちは───どうなると思う?」

動物たちには人間にはないものがある。鋭い牙や爪、人間よりも遥かに優れた視力や聴力、嗅覚、厳しい冬を越すための体毛、暑い夏を越すための毛の生え変わり。それらは、彼ら(動物たち)にとって必要不可欠なもので、生きてゆく上で必要な能力でありまた体質だと悟は冷静に考え、結論に辿り着くと悟はハッと目を剥いて目尻を下げた。

「食べ物を当たり前のように与え続けられていた動物たちが完全な野生に戻った時、木の実を探す(すべ)と獲物を狩る(すべ)を失って生きていけなくなる……」

「そうだ。オレたちは強いものに従い生きてゆく。この世界において弱肉強食の頂点に立つのは人間だ。だからこそ、自然を人間の都合で削られ消されてしまっても、人間に対して一斉に仕掛けたり大きな反抗をしたりせず、限られた自然の中で生きている。まぁ、ゴミを漁ったりとかは大目に見てほしいけどな。それでも、おまえたち人間が、オレたちをほんの少しでも生かそうとする気持ちがあるのなら、一切何もしないでほしい。それがオレたちにとっての幸せだ」

「何も? 何もしなくて、いいの?」

"何もしないことが幸せに繋がる"その好盛の答えに意外だというように悟は目を丸くし聞き直す。何もしなければ変化はしない。ならば救いに繋がるような行動を起こした方がいいのではというのが一般論だ。

「人間にはオレたちの言葉は通じない。反対もそうだ。人間たちの行動で、オレたちは一々怯えたり変な期待をしたくはないんだよ」