成分を抽出して、出来上がった回復薬。
瓶に入れてみると、一本半出来ましたね。
マスターが言うには、半本の回復薬は使ってみて、効果を確かめるとの事です。
今回は、私の初調合だったから、こんな少量でしたけど、いつもはもっともっと大量に作るらしいのです。
「どれ……これを飲んでみろ。その効果を見て、店に出すかどうかは決める」
そう言って、半分の回復薬を私に差し出します。
……草をすり潰して煮出した液体を飲むなんて、なんだか嫌ですね。
作っているからこそ、原材料を見てしまっては飲む気が失せます。
だけど、私が作った物ですからね……うん、頑張って飲むです!
「の、飲みます! んぐっんぐっ……ぷはっ! まっずーーーーーーーー!!」
あまりの不味さに、ダメージを受けそうです!
ですが、マスターは目を見開いて、またもや驚きの表情を浮かべたのです。
「むっ! 回復量が125だと!? これは回復薬じゃねぇ……高性能な超回復薬を作っちまったようだな」
【道具屋アイズ】
一流の道具屋ともなれば、回復薬を使用した際に、その回復量が目視出来るのだ!
これを習得するには、日々のたゆまぬ努力と、道具屋としての眼力、そして何より努力が必要とされ、努力を積み重ねた結果、努力の結晶として備わるとされる。
これを持つだけで道具屋ランクはBクラス以上と言われる。
(「世界道具屋大全」より抜粋)
初めての調合で、高性能な回復薬を作ってしまうなんて、私はもしかして物凄い才能があるんじゃないでしょうか!
でも、マスターは顔をしかめて、ハゲ頭をポリポリと掻いています。
私の才能を目の当たりにして、衝撃を受けているのですかね?
「うーむ……回復薬を作るつもりだったからな。高性能品は正直扱いが面倒なんだ」
おやおや、嫉妬ですか?
私が一発目で高性能品を作ってしまったから、優秀な芽を早いうちに摘もうって事ですかね。
「面倒ってどういう事ですか? 高性能品が作れるなら、それの方が良いと思うんですけど」
「……この店が田舎じゃなけりゃな。うちの店では、回復薬と毒消し、麻痺消ししか売る事は出来ねえ。作ってしまった高性能品は、世界道具屋協会に送らなけりゃならないんだよ」
あー……そう言えば、世界道具屋大全に書いてあったような気がします。
道具の調合が出来る道具屋が、その店で取り扱えない高性能品を作ってしまった場合、販売は出来ない。
世界道具屋協会に送られ、そこから、その道具を取り扱っている店に割り振られる。
ちなみに、店頭で販売する30%の金額が世界道具屋協会から支払われるんです。
「しかも、これはまだライセンスのねえお前が作ったものだ。サンプル品としてなら使えるが、商品にはならねえ」
おおう……つまり、どんな高性能な道具を作っても、お金にならないと言うわけですね。
なんて世知辛い世の中でしょうか。
「私が高性能品を作っても、ライセンスがなければお金にならないんですねぇ……トホホです」
「ま、ライセンスを取れば良いだけだ。その時に高性能品を作れるようになると良いな」
そう言うと、マスターは微笑んで私の頭を撫でてくれました。
上手く高性能品を作れても、今の私では何の役にも立たないんですねえ。
せっかく取ってきた素材を、私は無駄にしてしまっただけです。
無駄にしない為には、私も成長しないといけないんですね。
それがわかっただけでも良しとしましょう。
「じゃあ、しっかり回復薬を作れるようになるまで練習だな。なあに、素材は沢山ある。少しくらいの失敗は気にするな」
「わかりました! 私、頑張るです!」
この日は、寝るまで回復薬作りを頑張りました。
やっぱりあの高性能品は幻の逸品だったみたいで、その後は一番簡単な回復薬さえ作れずに……。
グリーンリーフとイエローリーフが底をついたのは言うまでもありません。
魔王がうちに来てから早一ヶ月。
最初は、光熱費だけで雪だるま式に膨れていった借金も、日々の節制で少しずつ減って行き……今日のバイトをもって、借金全額返済となります。
「くう……長かった。長かったが、やっと全ての借金を返す事が出来るのか。感慨深いものだな」
一緒にカウンターに並んでいる魔王が、いつもの高笑いも忘れてしんみりとしています。
思えば色々ありましたねえ……。
突然魔王が降ってきて、回復薬を大量に投与した事が全ての始まりでした。
バイトをしているのに、人を消滅させそうになったり、毒を吐いたり……。
魔物からこの村を守ってくれた事もあったから、これからは魔王がいなくても村を守れるように皆で頑張らなきゃならないです。
魔王があの時に言ったように、村の救護所が建てられて、村人全員(のぼるズを除く)でお金を出し合って回復薬を常備するようになりました。
変化のなかった村が、魔王が来てから少しずつ変わったのです。
「魔王さんがロウソクを使いすぎたり、食べる物を減らしていれば、4日もあれば十分完済出来た金額です。膨れ上がったのは自業自得ですよ」
「せっかく感傷に浸っておるのに、お前は相変わらず口が悪いのう。まあ良いわ! おべっかばかり使う部下ばかりだったからな、貴様のようなやつは新鮮だったぞ! ふははははは!」
それなら良かったです。
私が思っている事をそのまま言ったら、魔王は泣いてしまうかも知れませんからね。
いつもやんわり言っているのが心地よかったのでしょうか。
「魔王さんは案外道具屋に向いているかもしれませんね。道具屋に必要な資質は一通り持ってる気がします」
……まあ、接客に関してはまだまだですが。
「ふはははははははっ! おだてても無駄だぞ! ワシは魔王! 全ての魔物を統べる者! 道具屋も悪くはなかったが、ワシにはやる事があるのだからな!」
と、魔王がやっと高笑いをした時でした。
店のドアが勢いよく開き、酒場の真希さんが飛び込んで来たのです。
「ま、魔王! あんた……今日で借金を返済出来るんだって? その後はどうするつもりなのさ」
おっとぉ?
慌てた様子で、寂しそうな表情を浮かべて魔王を見る真希さん。
前々からなんだか怪しいと思っていましたが……まさかまさかの展開ですか?
チラリと魔王を見てみると……私は驚きました。
真希さんを見る魔王の顔が、二枚目俳優のような整った顔立ちに変わっていたのですから。
「ワシは借金を返したら、本来いるべき場所に帰る。そこでも少々トラブルが起こっているみたいなのでな。ワシがいないとダメなのだ」
「そんなの……あんたがやらなくても良いじゃないか! それとも何かい!? 私は遊びだったって事かい!? あんな事やこんな事までしたのに!」
……私がいる前でなんて話をしてるんですか。
そういう話は、頼むから店ではなくて二人だけでしてください。
「許せ、真希。貴様が30過ぎて結婚も出来ず、やっぱりこんな田舎じゃ良い出会いないかなー。行きずりでも良いから良い男と一夜を共にして、子供が出来たら出来たで、シングルマザーでやって行けば良いかなーなんて思っている事も知っているが、ワシの事は忘れるんだ。良いな」
私が知らない間に、とんでもない展開になっていましたか。
なんだか最近、私が店に戻ると真希さんがいるなーと思ってはいましたが。
それに、魔王も毎晩外出していたようですし。
飲みに行っていたとしたら、借金返済に時間が掛かったのも納得です。
「こ、子供がいる前で何を言ってるのさ! じゃあ何かい!? あの夜の事はただの気の迷いだったとでも言うわけかい!? 鬼! 悪魔!」
「いや、魔王だけど……」
どうでも良い反論をした魔王に、真希さんが投げた商品の鍋が直撃しました。
いつもの魔王なら、「おのれ! この魔王をこけにしおって!」とか言って消滅させようとするのですが……。
鼻血を流しながら、慈しむような目を真希さんに向けていました。
こ、これは……魔王もまんざらではないのではないでしょうか。
「ふん! もうどこへでも行けば良いさ! 良い男を捕まえてやるから! あんたがいくら悔やんでも、その時には遅いんだからね!」
散々店の商品を魔王に投げ付けた真希さんは、怒鳴りながら店を出て行きました。
こ、これが俗に言う修羅場というやつでしょうか。
「フッ、あいつにも困ったものだ。もう少し優しい口調になれば、言い寄ってくる男は大勢いるだろうに。ワシといては、あいつが掴める人並みの幸せという物の邪魔になるからな。これで良いのだ」
何言ってんだこいつ。
魔王のくせに!
魔王のくせに、かっこいい事を言おうとしている姿勢がなんだか腹が立ちます!
こんな、ブーメランパンツにマントのやつをかっこいいとは思いませんけども、そう見せようとしているのが腹立たしいですよ!
「えーっと、魔王と真希さんはどういう関係ですか? いきなり店に来て暴れられたら気になりますからね」
魔王の頭にフォークさえ刺さっていなければ、あえてスルーしようと思ったんですが。
流石にこれをスルーする勇気はないです。
「……まあ良かろう。黙っていてもいずれわかる事だろうからな。ワシと真希は……飲み仲間だった」
まあ、真希さんは酒場をやってますからね。
飲みに行けば、一緒に飲む事もあるでしょう。
だけど、それだけじゃない事はわかります!
「ワシはいつも真希の愚痴を聞いていた。時にアドバイスもしたが、今までそんな経験があまりなかったのだろうな。まあ、ワシの魔の魅力に抗えるやつなどいないだろうが……話を聞いていただけだ。いずれ別れるやつを、本気にさせてしまってはいけないからな」
ぐっ!
なんだか大人じゃないですか!
でもそれだったら、話を聞いていただけで本気になった真希さんはどれだけチョロいんでしょうかね。
「じゃあ、真希さんはあのままで良いんですね? 魔王さんは大人ですねえ」
もしもこれがのぼるなら、「一緒に来てよぉっ!」とか言いそうですけど、そこがのぼると魔王の違いです。
「くどい! さあ、バリバリ働こうではないか! 今日でワシもこの店から去るのだからな、悔いの残らぬよう働いてみせるぞ!」
……なんだかんだ言って、魔王もこの道具屋が気に入ったみたいですね。
そうでなければ、こんなにやる気で仕事に取り組まないと思いますから。
ちょっと……寂しい気もします。
「そうですね。じゃあバリバリ働きましょう! 私の指導は最後までぬかりないですよ!」
「ふははははははっ! 貴様の指導などもう必要ないわ! 今ではワシの方が道具屋としてのスキルは上よ!」
くぅっ!
なんて可愛げのない事を言うんですかね!
後ろから鈍器で殴り付けたい衝動にかられます。
でも……魔王の言う通り、私よりも道具屋としてのスキルは上!
なぜか検定に合格して、道具屋ランクCになっているのがムカつきますけど。
魔王にそんなスキルが本当に必要なんですかね?
才能の無駄遣いとはこの事です。