「うーん……今日もいい天気です。こんな日は、何かいいことが起こりそうですよ!」
私の名前は未来。
お世話になっているボロい道具屋の玄関先で、朝の空気をたっぷりと吸い込みながら、さんさんと降り注ぐ太陽の光を全身に浴びて空を見上げていた時です。
何か、紫の物体が空から落ちてきました。
それが村の外れにある一本杉の近くに落ちて。
隕石か何かかと思い、万が一誰かが怪我をしていたらいけないと、回復薬をありったけバスケットに詰め込んで、私は一本杉へと走りました。
道を走って一本杉。
そこには隕石なんてものはありませんでしたが、その代わりにおかしなうごめく物体が。
「お、おのれおのれ! おのれドラゴン! ワシが乗る時はヘアワックスを塗るなとあれほど言っておいたのに! 許すまじ!」
誰か怪我人でもいるかと思ったら、その予想は大きく外れましたね。
いるのは、手足が今にも千切れそうになって、頭から青い血をピューピュー吹き出している魔王だけです。
え?
どうして魔王だとわかるかですって?
マントに大きく「まおう」と書かれているからです!
まあ、まだ13歳の私には、この魔王がどんな魔王なのかはさっぱりわからないんですが。
それにしても、こんな状態で生きているなんて、並のモンスターではありませんね。
となると、選択肢は2つです!
1つは、何も見なかったことにして店に帰る。
もう1つは、とどめを刺して店に帰る。
「いや、助ける選択肢はないんかい!」
おやおや、考えていることがバレましたか!
とりあえず私は、この死にかかっている魔王に、持ってきた回復薬をこれでもかというくらいに飲ませます!
「ゴボゴボ……た、助かったぞ娘よ。ワシは魔ゴボッ! ゲフンゲフン! いや、飲ませすぎだぞ! ワシを溺れさせるつもりかっ!」
口に五本も回復薬の瓶を突っ込んだら、さすがにそうなりますか!
勉強になりました!
「飲ませすぎでしたか! ついついやりすぎちゃいました! テヘペロリンチョ」
可愛く見えるかなと、ペロッと舌を出して見せます。
「しかし助かったぞ娘よ! お前がいなかったから、ワシはお陀仏だったかもしれん! 礼に、お前の望みを叶えてやろうではないか! 殺したいやつはいないか? それとも大陸のひとつくらいくれてやろうか! ふはははははっ!」
むっ! 私のテヘペロリンチョは完全に無視ですか!?
普通の村人なら、これで大抵のことは許してもらえるのに!
まあ、紫の肌に、眉間から角が生えた、ブーメランパンツにマントなんて変質者は普通ではありませんよね。
普通を求めた私がバカでした。
「じゃあ……回復薬35本で350G(ガバメント)になるです!」
そう言って手を出すと、魔王は笑うのを止めて私の顔を見ました。
「そ、そんなもので良いのか? ふはははははっ! 欲のないやつよ! それくらいいくらでも払ってやるわ! 安い、安いのう!」
再び笑いながらそう言うと、魔王はブーメランパンツの中に手を突っ込んで、モゾモゾとまさぐり始めました。
いたいけな少女の前で、なんて卑猥なことをしようとしているのでしょうか!
でも、魔王の顔がどんどん引きつって行くのがわかります。
「どうしたんですか? 早く350Gを払ってください! びた一文負けるつもりはありませんよっ!」
こちとら商売でやってるんです。
ボランティアで助けたわけじゃありませんからね!
「さ、財布……落としちゃったみたい」
ブーメランパンツに手を突っ込んだ状態で、今にも泣きそうな顔で私を見ます。
まあ、そんなことだろうと思いましたよ。
だけど、タダで回復薬を35本も飲んで、さようならはないですからね。
そんな子犬のような目で見詰めても無駄です。
いくら相手が魔王でも、お代を払ってもらえないのは困るから、とりあえず私の家兼アルバイト先の道具屋に連れて行く事に。
弱った魔王を、屈強な戦士に殺されでもしたら、それこそ回復薬の無駄使いになってしまいますから。
「いいですか、魔王さん。お金がないなら働いて返す。それがこの世界の常識です」
「娘よ、魔王に働けとは、なかなかキモが座っとるのう。しかし、それが望みならば叶えてやろう!」
大笑いして私の後に付いて来ているけど、お金を払うのは当たり前の事ですよね?
問題は、道具屋のマスターが何と言うかなんですが。
魔王を連れてお店に戻った私は、ドアを開けて店内に。
「ただいまー。マスター、新しいアルバイトさんを連れて来ましたー!」
奥の部屋にこもっているのか、お店の方には誰もいません。
「なんと……薄汚い小屋よ。これが店と呼べるのか? まあ、いかにも人間らしい住まいだな、ふはははは!」
良く笑う魔王です。
きっと、人生が楽しいに違いありません。
「ぬ? アルバイトだと? 一体何の話だ、未来」
店の奥から、そんな事を呟きながら、マスターが現れました。
身長202cm、体重160kgのマスターが、私達を見下ろします。
「えっとですね、この魔王さんが死にかけていたので回復薬を使ったんですけど、お財布を落としたみたいで、代金を支払えないようなので働いてもらいます」
私がそう言うと、口にくわえたパイプから煙を出すと共に、「チッ」と舌打ちを一つ。
魔王を睨みつけると、小さく口を開きました。
「ふん、好きにしろ。だが、うちは歩合制だ。働きが悪ければ給料はやらんからな」
そう言って、店の奥の部屋に戻って行ったのです。
自分よりも背が高くて、超マッチョのマスターにビビったのでしょうか。
魔王は「ふはははは」の表情のまま固まっています。
ガクガクと膝が震えて、何か恐ろしい物でも見たかのような。
「良かったですね、働かせてもらえるみたいですよ。私がお店の仕事を教えるので、早くお金を返しましょうね、魔王さん!」
私の言葉で我に返ったのか、ビクンと動いて額の汗を腕で拭った魔王が口を開きます。
「娘よ……その前に一つ。ここに替えのパンツは売っておらぬか?」
どうやら、マスターにビビってチビったようですね。
「何なのだあの親父は……この魔王がチビるとは……魔王最大の屈辱っ! しかもこのパンツが一枚20Gもするだと!?」
なにやらブツブツと言っていますが、宿屋の女将さん用に仕入れた5Lのズロースがあって良かったです。
借金が370Gになりましたが、頑張って働くしかないですね。
「じゃあ、まずはうちの商品を覚えてください。既製品は三つ、『回復薬』、『毒消し』、『麻痺消し』です。後は『世界道具屋協会』が発行しているマニュアルがあるので、少しずつ覚えましょうね!」
世界中の道具屋が、等しく儲けられるように設立された「世界道具屋協会」。
道具屋としてのルールや、心構えなどが書かれた重要なマニュアルを魔王の前に置き、私はその最初のページを開きました。
「ふむ……『道具屋たるもの笑顔を忘れずに』か。笑止千万!笑顔などこの魔王にかかれば容易いものよ!ふははははは!」
とっても自信家ですね、魔王は。
これなら、すぐにでも借金を返せそうです!
魔王に指導をしていると、店のドアが開いて旅人さんが入って来ました。
「魔王さん、お客さんですよ!」
「うむ、わかっておる。ここはワシに任せておけ」
記念すべき、魔王の最初の接客です!