ドアを閉めた途端、つかみ合いの言い合いが始まった。

「俺じゃねえからな!?」

「僕なわけないでしょう!? 僕と兄さんだったら、あの女の子の気性の激しさは兄さん似でしょうよ!?」

地味に的確な海翔の指摘に、拓斗がやり返す。

「あっちの男の子のぼーっとしたところは海翔そっくりだろ」

「そんなことないですよ!? ほんとに身に覚えないんですか、兄さん!?」

お互い衿から手を離した。肩で息をする。第一ラウンド引き分け。

「はあ、はあ……。まあ。身に覚えがないことは……ないぜ? この年だからさ」

「はあ、はあ――。なら、やっぱり兄さんの子供たちということで」

逃げる気満々の海翔だが、拓斗は逃がさなかった。

「海翔だって、まったく清廉潔白だと言い張るつもりかよ」

「…………〝星野〟」

「うん?」

聞き返すと、海翔が何かに気づいたような顔をしている。

「あの双子、〝星野〟という名字は分かってるわけでしょ?」

「確かにそうだな」

海翔が取っ組み合いでずれたメガネを直しながら続けた。

「ということはですよ?〝星野〟以外の名字の元カノは除外されるわけですよね?」

しばらく考え込んで、拓斗が快哉を上げた。

「……おお! 海翔、おまえ頭いいな。さすが大学の先生だ」

「――で、どうなんですか」

「何が」

海翔が半眼で兄を見返している。

「星野某という元カノがいたかどうかですよ」

拓斗が考える顔になった。スマートフォンをいじり、ときどき指折りをしながら人生を振り返えっている。

「うーん」と拓斗がのろのろと海翔に向き直った。
「いない、と思う。たぶん」

「曖昧ですね」

海翔が呆れ顔になると、拓斗が唇を尖らせた。

「しょうがねえだろ。アドレス帳に下の名前でしか登録していないから」

「何でそんなことしてるの」

「……何つーか、下の名前で呼ぶのって彼氏特権的な感じじゃん?」

海翔が盛大にため息をついた。

「はあ~~~~。チャラいくせに変なところで夢見がちですよね、兄さん」

「うっせ」

「その夢見がちのせいで、元カノの名字がよく分からない、と?」

海翔の指摘に拓斗は頭をぼりぼりかく。

「明らかに違う名字だって奴はいる。けど、覚えていない奴もいるさ。何か微妙なんだよ」

「そうですか。残念です」

「で、おまえはどうなんだよ?」

と拓斗が逆に質問すると、海翔の目が急に泳ぎ始めた。

明らかに不審だ。

「…………らない」

「え?」

「――分からないんですよっ。兄さんのせいでっ」

海翔が赤面しながら大きな声を出した。目尻に少し涙が溜まっている。

「何でキレてんだよ!?」

「兄さん、ときどき僕のスマートフォン覗こうとするじゃないですか。だから、兄さんにバレないようにファミレスとかショップの名前で登録してたから、わけがわかんなくなってるのです」

「そういうのはさ、別れたら整理しろよ……って、これはやぶ蛇だな」

男とはそういう生き物であると拓斗だって分かる。

「となると、俺も海翔も〝容疑者〟のままか」

「…………」

海翔が黙って赤面していた。

拓斗はスマートフォンを取り出す。

「このままじゃ埒が明かねえ」

「どうするの?」

海翔が尋ねると拓斗は〝いやあーな〟顔をしている。

「可能性のありそうな元カノに直接聞くんだよ」

「直接って? 『俺の子産んだ?』って聞く気!?」

海翔がどん引きしていた。

「聞き方はもう少し何とかするけどさ……しょうがねえだろ!」

「マジかー……」

拓斗のスマートフォンが繋がったらしい。
しかし、「あ、香織? 俺……」と言っただけで切られた。

「とりあえず、その女の人ではなさそうだね」

「うるせぇ! おまえも自分の元カノだと思える番号にさっさと電話しろ」

結果――拓斗は残りの元カノ全員はスマートフォンを変えて繋がらないか着信拒否されていたと判明。
少なくとも着信拒否している女性が自分の子供を拓斗に押しつけるのは考えづらかった。

「僕の方も着拒と繋がらずだね。兄さんだけじゃなかったね、着拒」

「おまえも着拒されんだな。俺だけじゃなかったって喜びたいけど、何かぜんぜん喜べない」

第二ラウンドも引き分けの痛み分けである。

「結局、母親は分からずじまいかー」

「自分の顔と元カノの顔を、うちの大学の理系の人に頼んで、コンピューター合成とかしてみる?」

「ごめん、さすがに元カノの写真って持ってねえ」

海翔が意外そうな顔をした。

「兄さん、めそめそ引きずるタイプだからあると思った」

「次の女にばれるのがイヤなんだよ。それとめそめそしてねえっ」

拓斗と海翔は顔を見合わせて、またため息をついた。

「母親は不明、となれば、しばらく僕たちが預かるしかないかもね」

「そういえば海翔、さっき、ふたつ分かったことがあるって言ってたよな。あとひとつは何だ?」

ああ、と頷いた海翔がややさみしげに言った。

「あのふたりは僕らのそれぞれのところにきた。こうしてひとつの家に集まっても、兄さんにも僕にも等距離で接している」

「それがどうしたんだよ」
「つまりさ――どちらが本当の父親か、ふたりとも母親から教えてもらってないってことさ」

海翔の言っている意味が分かると、拓斗は押し黙った。
急に背中に重い荷物を背負わされたような気がする。
胃の辺りが冷たくなった。

そのとき、部屋のドアを小さくノックする音がした。

ドアを開けると、双子が立っていた。

ふたりとも、妙な表情をしている。

拓斗はここでの会話――特に最後の辺りを聞かれていたのかと思って、焦った。

「ど、どうした?」

双子たちが互いに突き合ってもじもじしている。

「よーちゃん……!」

「はーちゅんがいってよ」

互いに何事かをしきりに譲り合っていた。