心陽が白状したので、遥平も口が軽くなったのか、さらに付け加える。

「なんとかそーせーじっていうんだけど、にてるんだよ」

拓斗と海翔がほっと息を漏らした。何もかも分からない子供たちだったが、とりあえず名前以外にも新しい情報が得られたのだ。

拓斗もふたりの向かい側の椅子に腰を下ろした。

「どっちが、上?」

と、拓斗が尋ねる。

海翔がメガネをかけ直した。
冷蔵庫から拓斗に麦茶を出し、心陽の分のココアをレンジで作りに行く。

「はーちゅんがおねえちゃん」

と、やさしい顔の遥平が答えた。

心陽のココアを用意した海翔が、しみじみと遥平の頬を撫でる。

「上というのは弟にひどいことをするものです。ほっぺ大丈夫?」

「うん」

と遥平が頷いて、残っているココアを飲んだ。

その横で、〝上の子〟たちが文句を言っている。

「弟にひどいことをするって俺のことか」

「はーちゅん、よーちゃんにひどいことしないもん」

「本人はそう言うものです」

海翔の指摘に、拓斗と心陽が非友好的な視線を交わし合った。

「ったく」と舌打ちしたものの、拓斗は海翔に文句を言うよりも、心陽に質問する方を選んだ。

「で、おまえらふたりのママって誰よ?」

ココアを飲んでいたふたりの子供の動きが止まった。

「ママは……」

「だめだよ、はーちゅん」

と遥平が心陽をたしなめる。
小声のつもりだろうが、丸聞こえなのが子供らしい。

「うん。わかってるよ。だからあれがあったでしょ」

「あれ? あ、あれね」  

遥平と心陽がふたりでぶつぶつ相談している。
ふたりとも自分が背負っていたリュックサックをごそごそやり始めた。

「はい」

「これみて」

ふたりが拓斗と海翔に折りたたんだ小さなメモ書きを差し出す。

「何これ」

拓斗がうさんくさそうに心陽のメモを取ると心陽が言った。

「ママから」

遥平の持っていたメモは海翔が受け取った。

「開いていい?」

「うん」

拓斗たちがメモを開くと、女性らしいきれいな文字でこう書かれていた。


《奥崎さん、あなたの子供です。しばらく預かってください》


ふたつのメモのどちらも、同じ文章があるだけだった。

「事実しか書いてない。書き手の個性がまったく分からない」

と海翔が小さな声でぼやいた。

「ほんとだな」

拓斗も何度も読み返してみたが、書かれている内容が増えるわけでもない。
誰が書いたか名前もない。
念のため匂いを嗅いでみたが、香水の匂いがしたりするようなこともなかった。

「兄さん、何やってるんですか」

と、海翔が怪訝な顔をしている。

「いや、香水か何かの匂いでもしたら、書いた女のヒントにならないかなって」

「傍から見てて結構キモいですよ」

「うっせ」

拓斗が麦茶をあおる間、海翔が顎にほっそりした指を当てて考え込んだ。

「兄さん、ちょっと整理しよう」

「あ?」

海翔のメガネが光る。

「今日、このふたりがほぼ同じ時間に、『パパ』と僕たちのところを頼ってやって来た」

「ああ。こっちはほとんどテロみたいなもんだったけどな」

拓斗が変なことを言うから、心陽が「しゃーっ」と威嚇している。海翔はどちらも無視して続ける。

「ところが、このふたりは姉弟だった」

「そうだな」

「それと、このメモだよね」

と海翔が先ほどのメモを手にする。

「ああ。何のヒントにもならねえ」

「メモの中では《奥崎さん》と呼びかけているだけで、僕らの下の名前は言っていないのだけど」

「それがどうかしたのかよ」

ますますいぶかしげな顔をする拓斗に、海翔はメガネを指でくいっと持ち上げてみせた。

「ふたつ、気づいたことがある」

「ほう」

「ひとつは、この子たちが双子の姉弟ということから導き出されるのは、当然ながら父親もひとりということ」

拓斗と海翔の間に妙な沈黙が生まれた。お互いにお互いの胸の内というか脛の傷というか、互いの知りうる範囲の過去を探り合う。

「海翔、おまえ」

「いやいや、兄さんこそ」

ことん、と音を立てて心陽がココアのカップを置いた。
睨んでいる。

遥平は何だか分からずきょとんとしていた。

とりあえず子供にここから先を聞かせてはいけない――。

拓斗と海翔は互いに連れ立って席を立つと、2LDKのアパートの別室へ入った。