大学の海翔から職場の拓斗に話は戻る――。

幼女に何とか泣きやんでもらった拓斗は、受付フロアの片隅で幼女から事情聴取を試みていた。

「あー、名前は何て言うの?」

「…………」

「どこからきたの?」

「…………」
幼女はすねた表情で目をあわさない。ムカつく。

しかし、ここは我慢慢……。

拓斗は精一杯の愛想笑いを作った。

がんばれ、俺。

俺は営業マン。

「えーっと。俺のことをパパとか呼んでたけど、本当のパパとママはどこにいるのかなー?」

幼女は拓斗を睨んだ。

「パパはパパでしょっ。パパのバカ」

また、つーんと横を向いてしまう幼女。

かわいくねえ……。

拓斗はかちんときた。

「おい、おまえ! 人が下手に出りゃいい気になりやがって。名前くらい言ったらどうなんだ!?」

心配そうな顔の坂井が「あの、奥崎さん、子供相手に大きな声は……」となだめる。拓斗はますますいらいらしてきた。

そのとき幼女がつぶやいた。

「なまえ……」

「あ?」

拓斗が聞き返すと、幼女が拓斗をきりりとにらんで指さした。

「ひとになまえをきくときは、じぶんがなまえをさきにいうんだよ!」

「ぬぁ……っ」

正論を突きつけてきた。

それにしても、「パパ」とか呼んだくせに俺の名前も知らないのかよ。そばで坂井が吹き出している。

拓斗はめんどくさそうにしながら、もう一度、幼女に向き直った。

「俺は奥崎拓斗。おまえ、名前は?」

「ほしのこはる。おほしさまののはらに、こころのたいよう」

拓斗はちょっと感心した。

「お星さまの野原に心の太陽で、星野心陽な?」

幼女――心陽が「うん」と頷いた。

「説明、上手じゃん」

拓斗が心陽の頭をぐしゃっとなでる。

途端に心陽の目がつり上がった。

「やめてよ」

「何だよ、照れてんのか?」

「やめてっていってるのっ」

心陽がさらに文句を追加しようとしたときだ。拓斗のスマートフォンが鳴った。

相手を確認すると、「弟」――海翔からだった。

「もしもし。珍しいな。授業中だろ?」

スマートフォンの向こうで海翔のぼそぼそする声が聞こえる。

『あ、兄さん。授業中だったけどそれどころじゃなくなりまして』

海翔がいつも通り丁寧にしゃべっていた。
いつも通りということは、声も小さくて抑揚もなく、どこか人との壁を作っているような、ということだ。

しかし、拓斗には海翔がどこか焦っているような気がした。

「へえ?」

『どこから話せばいいか分からないのですが、結論的には僕に子供ができたようなのですが』

予期せぬ海翔の告白に、拓斗は天を仰いで長く長く息を吐く。

「奇遇だな。俺にもいま娘ができた」

電話の向こうで、がたっという音がした。

『びっくりしました』

およそ驚いているように聞こえない声が返ってきた。

「……ああ。本当だよ」

『あまりにも驚いたのでいまひっくり返って腰を打ちました』

と、平板に海翔が報告する。

「結構大変じゃねえか。大丈夫なのかよ」

『僕の方は大丈夫です』

と、答える海翔の向こうで「パパだいじょうぶ?」という小さな子供の高い声が聞こえた。

「いま子供の声が聞こえた。そっちも嘘じゃないみたいだな」

電話を続ける拓斗を、心陽が真剣に見つめている。

『兄さんこそ、嘘ってことはないですよね』

「嘘であってほしいけどね」と拓斗はうんざりしながら心陽を確認した。
「星野心陽っていう、幼稚園児くらいの女の子だ」

『そうですか。僕の方は星野遥平くんという四歳くらいの男の子です』

「あん? 海翔、いま何て言った?」

と拓斗が、海翔の方の子供の名前を聞き返したときだった。

不意に拓斗は誰かに肩を叩かれた。

「奥崎くん、ちょっといいかな」