「よーちゃんでしょ」

「はーちゅんだって」

拓斗が変な会話を聞かせたかという焦りと、何を双子がやっているのか分からないいらいらが入り交じってくる。

「何なんだよ」

そのときだった。

ぐぅ。ぐぅ~~~~~~。

誰かのお腹の鳴る音がした。心陽と遥平が顔を赤くした。

「いまの、はーちゅんじゃない!」

「はーちゅんのおなかだよっ」

「あたしじゃない! よーちゃんのおなかがなったの!」

なすりつけ合う双子を見ていたら、拓斗は肩の力が抜けた。

早退したとはいえ、もうすぐ夜の七時。
お腹が空いてしょうがないだろう。

「何だ、腹が減ったのかよ。何か食いたい物あるか?」

双子たちがまたうつむき、互いの服を引っ張ったり突き合ったりする。
「パパ」だの何だの呼びながら、まだまだ赤の他人。
警戒と気恥ずかしさがあるのだろう。

「……たい」

と、遥平が代表してつぶやいた。

「何でしょうか」

海翔がしゃがみ、遥平と目を合わせて聞き返す。

「おにぎりがたべたい」

遥平が言うと、横で心陽も頷いていた。

「飯はもうすぐ炊けるけど、俺、あんま得意じゃないんだよな。そばのコンビニで買ってきてやるよ。具は何がいい?」

拓斗が元気よく言ったのだが、心陽が拓斗のズボンを小さく引っ張った。

どうしたのかと心陽を見下ろせば、変にさみしそうな表情をして見上げている。

拓斗はその表情が心に刺さった。

このふたりは、理由はまったく分からないが、母親から俺たちのところへやって来た。

多分だけど、何らかの事情でこのふたりは母親のところへ帰れないのではないか。

帰れるならこのアパートまでついてくる必要はないし、お腹が空いたなら母親に連絡するだろう。

だから、こんな顔をするのではないか……。

そんな推測をしても、現実にはどうしたらいいか考えあぐねていると、海翔が立ち上がった。

「兄さんは子供の心が分かってない」

「そういうおまえは分かるのかよ」

海翔がメガネを直しながら、しれっとした顔をした。

「大学とはいえ〝先生〟ですから」

「じゃあ、どうするんだよ」

「おにぎりを一緒に作りましょう」

リビングに戻れば、拓斗がタイマーをセットしていた炊飯器でご飯が炊けたところだった。

おかげでリビングに甘い蒸気が満ちている。
これはお腹が空くだろう。

炊飯器のふたを開ければ、真珠のようにまばゆく白米が炊けている。

秋田の伯母が送ってくれたあきたこまちは、年を越えてもまだまだ粒が輝きを失わない。

拓斗と海翔の兄弟ふたり暮らしである。

いつもなら炊きたてのご飯におかずは適当で済ませる。

一応、週替わりで料理を担当しているが、しょせんは男所帯。

出来合いの惣菜を買ってきたり、半額値引きの刺身盛り合わせが多い。
たまには肉を焼いたりするが、基本は家のあり合わせで済ませていた。

おかげで、冷蔵庫にはろくな物がない。

残っている物を引っかき回し、匂いを嗅いだり賞味期限を確かめたりして何とかおにぎりの具になりそうなものを探し出した。

鮭フレーク、海苔の佃煮、昆布、かつお節、梅干し。ツナ缶もあるからコンビニおにぎりっぽくできる。
おにぎりを包む海苔は適当に小さく切った。

「じゃあ作ろうか」

「みんな手を洗ってね」

四人で手を洗った。拓斗と海翔が先に洗って双子たちに流しを譲ると、心陽が拓斗の服の裾を引っ張る。

「まだダメ」

「何が」

「もっとちゃんとあらわないとダメ」

拓斗が顔をしかめるが、流しでは海翔が用意した踏み台に乗った遥平が一生懸命手を洗っていた。

泡を立てて、両手を合わせ。
手の甲ももみ洗いし、指の間も丁寧に。
手首まできちんと洗っていた。

遥平はがんばっているので口が少し開いているのに気づいていない。

「偉いな。どこで習ったんだ?」

「ほいくえん」

「なるほど。僕らはやり直しですね」と海翔がもう一度、手を洗い始めた。

拓斗も改めて手首までしっかり洗って、四人とも改めて準備完了。

試しに拓斗――今週の料理当番――が炊きたての白米を手に乗せる。

「あっちぃ!」

思わず白米を戻す。もう一度手を濡らした。改めて軽めにご飯を手に乗せる。

熱さに耐えながら真ん中に鮭フレークを入れて、握った。

握ったのだが、形を整えるのが意外に難しい。

何となく三角形に作り、海苔をつけて皿に置いた。

握っているときはそれなりにできたつもりだったけど、皿にのせると今にも崩れそうだった。

「おにぎりって意外と難しいんだよね」

と海翔がさくさくと握っている。
昆布の三角おにぎりをきれいに仕上げた。

「海翔、うまいな……」

拓斗がショックを受けている。

「ふたりも作ってみようか」

心陽と遥平が十分に濡らした手に、海翔がご飯を置いてあげる。

「あついっ」

「あちあちっ」

双子が一度ご飯を戻した。

「熱いだろ」

「あつい」と心陽が顔をしかめている。

「もうやめるか?」

「はーちゅん、やってみたい」

心陽だけでなく遥平も再チャレンジした。

悪戦苦闘の末、十五個くらいのおにぎりができた。

コンビニおにぎりと比べれば不格好だった。大きさもひとつひとつ違うし、形も三角あり俵型あり丸形ありで統一されていない。

けれども、このおにぎりたちは文字通りふたつとないおにぎりだった。

「さ、食べようぜ」

もう一度、きちんと手を洗って四人でテーブルに着いた。

拓斗と海翔が手を合わせていただきますをすると、心陽と遥平も真似をした。

心陽と遥平が自分で作ったおにぎりを手に取る。

「――おいひい」

心陽がぱっと笑顔になった。横で遥平が一心不乱にもくもくと食べている。

拓斗はその双子の様子をしばらくじっと見ていた。

「兄さん、食べないの?」

おにぎりをくわえた海翔が尋ねる。

「ああ、食べるよ」

と応えて、拓斗は小さな俵型のおにぎりを取った。心陽の作ったおにぎりだった。
そのおにぎりを口に入れようとして、一度手を下ろした。

目の前では心陽と遥平が笑顔でおにぎりを食べている。

「よーちゃん、ごはんつぶついてる」

「はーちゅんもほっぺについてるよ」

きゃっきゃっと笑っている双子を見ながら、そういえば今日心陽の笑った顔を見るのは初めてかもしれないと拓斗は思った。

心の太陽で心陽。
なるほど、この笑顔を見れば間違いない。

この双子の母が誰か分からない。
だけど、子供たちはちゃんと愛されていたということだけは分かった。

だから、たぶんのっぴきならない事情があるのだろうということも……。

「なあ、海翔」

「はい?」

拓斗は声は小さくとも、重たいひとことを呟いた。

「しばらくこのふたり、俺たちで面倒見るしか、ないんだよな」

「……そうだね」

拓斗は改めて心陽のおにぎりを口に入れた。

しっとりしたおかかの味とご飯の甘みが口の中だけでなく、心にまで広がったような気がした。


こうして、拓斗たち兄弟と双子たちの奇妙な生活が始まったのだった。

(つづく)