その光景を見たのは、単なる偶然だった。

昼休み、なんとなく自販機のフルーツ・オレが飲みたくなって、ふらりと教室を出た。

校内でも限られた自販機にしか装備されていないそれを、わざわざ買いに行った帰りの廊下で、俺はそれを見た。

背が高くて、肌も髪も天然で色の薄い鹿島は、とにかく目立つ。

中庭を挟んだ向かいの校舎に、そいつはいた。

鹿島に駆け寄る女子の制服が見えた。

お仲間の1年女子の一人かと思ったら、それは奥川だった。

鹿島は彼女を見かけるとすぐに立ち止まって、それに耳を傾けた。

彼女は俺に見せたことのないような笑顔で、彼に話しかける。

鹿島がゆっくりと歩き出すと、その歩調に合わせて、彼女も歩き出した。

奥川の手が鹿島の肩に伸びその腕に触れたとき、鹿島は驚いていたように思う。

そんな彼を見て、彼女は笑った。

またか。

と、俺は思った。

「今日さ、昼休み、鹿島となにしゃべってたの?」

「は?」

そうやってただ聞いただけなのに、彼女は眉間にしわをよせ、怒ったような顔をする。

「いや、別になにがどうこうって話しじゃないんだけどさ、たまたま見かけたから」

放課後の廊下を歩調の速い彼女に合わせて、いつものように追いかけるように並んで歩く。

もしここで俺が立ち止まったら、彼女はどうするんだろうか。

そう思って立ち止まってみたら、奥川は全く気にとめる様子もなく、先を急ぐ。

俺は仕方なくまた後を追いかける。

「別に怒ってるとか怪しんでるとかじゃなくて、たまたま見かけたことを、そのままただ純粋に聞いただけだろ」

「純粋に偶然会ったから、ただ純粋に、なんとなく声をかけただけだよ」

「そっか、なら別にいいんだけど。ちょっと気になったから聞いてみただけ」

俺は一度は彼女を追いかけたものの、今度は自らの意志で足を止めた。

奥川はそんな俺を一瞬ちらりと見上げただけで、そのままどこかへ消えていく。

まぁ、いいんだ別に。

俺と奥川の関係は、そんな簡単に切れるようなもんじゃないし。

俺は廊下で、体を反転させた。

ずっと小学校の時から一緒にいて、お互いのことはよく分かっている。

好きなもの嫌いなもの、好みも性格も。

どうすれば相手が喜ぶかも知っているし、忘れ物や遅刻するタイミングのクセだって、分かってる。

だから奥川は、俺を助けてくれるし、世話も焼いてくれる。

ずっとずっとそうしてきたんだから。

お互いに、俺たちは。

鹿島なんて年下の、いかにもモテそうなイケメンなんて、奥川、お前の相手はしてくれないぞ。