「悪いけど、とって」

俺は奥川のスカートに、コツンと手の甲をぶつける。

そうすると奥川は、何のためらいもなく俺の腰の横に手をあてると、絡んだ金属のチェーンと糸をほどき始めた。

鍵束を持つ俺の手と彼女の指先が触れあう。

なんだが1年のみんなが見ている前で、こんなことをするのはちょっと恥ずかしい。

俺は耳まで赤くなりそうなのに、こいつは平気なのかな? 

ここから見える前髪と鼻先は、白いままだ。

「なにをこんなにジャラジャラつけてんのよ」

「え? 家の鍵とか、ロッカーの鍵とか」

「どれ?」

「あ、その猫のやつ。前にお前がくれたストラップ」

小学校の時の、何かのお土産だった。

すっかり色も落ち黒ずんでいるそれを、俺は自分の自転車の鍵から、理科室の鍵に付け替えた。

「そうだったっけ」

彼女はその鍵を外すと、それを鹿島に向かって差し出した。

鈍い銀色の鍵と小さな子猫が、彼女の手から鹿島に移る。

「後で私か、部長に返して」

「はい」

その時の鹿島の頬は、俺よりも赤いような気がした。

照れたように恥ずかしげに、奥川の手から受け取ったそれを握りしめると、彼はくるりと背を向ける。

仲間たちと立ち去る鹿島は、廊下の角に消えるまで一言も発しないままだった。

その背中がなぜかやたらと縮こまって見えたのは、なんでだろう。

「あーあ、誤解されたかも」

「なにが?」

奥川のキュッとした目が、俺を見上げる。

「別に」

彼女の足が速まる。

「なんの誤解? ねぇ、誤解ってなに?」

「てゆーか、話しってなに? もう話すこと何にもないよね。最初から特に何もなかったけど!」

俺は何も間違ったことはしていないし、怒らせるようなことも、何もしていないはずだ。

最近の彼女はとても怒りっぽい。

すぐに不機嫌になったり、黙ったりして、俺を混乱させる。

何がダメだった? 

今のでダメなところがあるとしたら、ポケットの絡んだ糸くずだけだ。

彼女は階段の角を曲がると、上に向かって上り始めた。

入部するとか言ってたくせに、やっぱり生徒会室に向かうのか。

まぁ、今日は委員会の日だし、そこは理解するけど。

生徒会室は、俺が向かうべき理科室より上の階にある。

ついていっても仕方ないのは分かっているけど、だけどこのまま彼女を放っておくわけにもいかないし、すぐに鹿島たちのいる理科室に戻るのもしゃくに障る。

「鹿島って1年も、案外気が利かないっていうか、空気読めないタイプだよな」

そう言って軽く笑ってみたけど、先を急ぐ彼女からの反応は、何もない。

くそ、俺にどうしろっていうんだ。

そうでなくてもイラついているのに、生徒会室のドアを開けたら、真っ先に庭木の顔が目について、余計にイラついた。

「部外者は入室禁止!」

ここへ来ると、いつも庭木はそうやって怒鳴っている。

別にそれは俺だけじゃなくって、他の誰かに対しても、だ。

何様のつもりなんだか知らないが、とにかくうっとうしい。