その日、俺は朝の通学路で庭木と鉢合わせた。

「なんだよ」

「別に」

こいつとは、高校に入ってから知り合った。

山崎とも庭木とも、去年は同じクラスだった。

俺としては別段気にかかる存在ではなかったはずなのに、どういうきっかけでしゃべるようになったのかが分からない。

奴は俺の後ろをついてくる。

「最近はどう? 元気にしてんの?」

特に友達だと意識したことはないし、そんなことを聞かれるほどの仲でもない。

「普通に元気だけど」

俺は庭木の存在を無視して歩く。

「そっか。クラス変わってから、最近しゃべってなかったからな」

だから、俺はお前と話そうと思ったこともなければ、話したい内容もない。

庭木は俺の隣に勝手に並んで歩いている。

「川島っていただろ? あいつな、いま俺と同じクラスなんだけど……」

俺にとってどうでもいい庭木が、さらにどうでもいいクラスメートの近況報告をしてくる。

それがなんだっていうんだろうか。

ふと顔をあげたら、前方に奥川の後ろ姿があった。

女の子と二人、並んで歩いている。

「奥川さんのことが気になる?」

突然、庭木はそう言った。

庭木は奥川のことを『奥川さん』と『さん』づけで呼ぶ。

俺は以前は『真琴』と下の名前でずっと呼んでいたのに、それがいつの間にか『奥川』に変わった。

「ま、彼女も、かわいいからねぇ」

そう言ってにやにやと笑うコイツが、俺はとにかく苦手だ。

庭木は俺より少し背の高いだけの男で、生徒会長なんかをやっているせいか、常に何かを勘違いしている。

「吉永も、気をつけた方がいいんじゃないの?」

そのセリフにカチンとは来ているが、大人な俺はそんなことでは動じない。

「お前さ、いっつもなんか、変なことばっかり言ってるよね」

これぐらいで抑えておいてやるから、いい加減自分で気づけよ。

言われた庭木は、一瞬ムッとした表情をみせたが、すぐに冷静さを装う。

「俺はお前のためにと思って言ってやってるんだけどね。まぁそれが分からないんだから、仕方ないけど」

ようやく校門が見えて来た。

俺は少し歩く速度を速めて、コイツとの距離をとる。

「じゃあな」

そう言ったら、庭木はこっちに手を振ってきた。

よく分からん。

やっぱり気持ち悪い奴だ。

俺はこれ以上奴と一緒になるのが嫌で、ワザと遠回りをして教室へと入った。