「サッカーめちゃくちゃうまいじゃん!」
 
 たぶんそんな言葉で、最初に声をかけたのは自分の方だったと思う。まだ桜の匂いが残る教室で、俺も和希も小学3年生になったばかりの頃だった。
 その日の体育はサッカーで、俺と和輝はたまたま同じチームになったのだ。
 新学期の始まりと共に転入してきた和輝は、クラスの中でよく孤立していた。父親の仕事の都合で何度か転校を繰り返したこともたぶん影響していたのだろう。
 自分から話しかけることはなく、どちらかといえば友達なんて作らないという態度だった。
 小学生とはいえクラスでいつも一人でいれば、ますます孤立していき、やがて無視されるような存在になっていく。
 日を追うごとに和輝の存在は教室にはいないものとされるようになっていた。当時和輝がどんなことを思って過ごしていたかなんて俺にはわからない。けれど、その姿が何となく寂しそうに見えていたことだけは今でも覚えている。
 そんな和輝だったが、共にサッカーが好きだったことが転じたのか、初めて言葉を交わしたその日からよく一緒に遊ぶようになった。
 転校してくる前にサッカークラブに通っていたという話しを聞いた時、俺は自分が通っていたクラブを和輝に紹介した。彼も喜んでクラブに入り、そこには同じ学校に通っている生徒もたくさんいたので、徐々に和輝の周りにも友達が集まるようになっていた。
 その結果、和輝がクラスの中で孤立する姿を見ることはもうなかった。彼自身、別に人と話すことが嫌いなわけではなかったし、もともと運動神経も良かったので誤解さえ解かれればすぐにみなの中心にいる人物になっていたのだ。 
 俺はそんな和輝の姿を見れるようになったことは嬉しかったし、和輝もよく「歩のおかげだ」と笑いながら言ってくれていた。

 俺たちは、一番仲の良い友達で、そして一番のライバルだった。

 同じ中学校に通うことになった俺と和輝は、もちろん迷うことなくサッカー部に入部した。 
 そこで早くも頭角を現すことができた自分たちは、一年の頃からレギュラーに選ばれるようになり、共に3年間、同じフィールドの上で戦ってきた。そしてそれは、同じ高校に入学することができた去年も同じだった。
 
 俺たちが3年になった時は、必ず優勝しようーー

 昨年の夏、3年生の引退試合で悔しくも決勝まで進むことができなかった光景を見て、不意に和輝は俺にそんなことを言ってきた。
 涙を流しながらベンチに戻ってくる先輩たちの姿に、たぶん俺たちが中学3年の頃の経験した苦い記憶を重ねていたのだろう。
 俺も同じだった。どこかヒリヒリと焼けるような感情が胸の中で疼き、俺は「わかった」と和輝と約束したのだ。雲一つ見当たらない、夏の青さが広がる空の下で。
 けれど胸を焦がすような目標も、切磋琢磨し合える友人も、その全ては自分にとって当たり前の日常があったからこそ得られたものだ。当たり前で、かけがえのない日常があったからこそ頑張れていたのだ。
 そんな事実を否が応でも思い知ることになったのは、和輝と約束を交わした3日後のこと。 
 相変わらず穏やかな夏空の下で、その日俺は、自分にとって本当に大切な人を失ってしまった。