私の名前は、ベルンシュタイン・フォン・アイスベルク。一応、生物学的には侯爵令嬢(おんな)である。

 お父様は、ズィルバー・フォン・アイスベルク辺境伯。
 お母様の名前はイーリス。
 七つ上のエルフェンバインお兄様と、二つ上のリーリエお姉様との三人兄弟で、私は末っ子。

 王都の北に広がる辺境の地アイスベルク領が私たちの領地だ。アイスベルクは、北に高い峰々が連なり、西には海。東には小さいけれどヴルカーン領の飛び地があり、南は小さな森と大きな川を挟んで王都につながる。

 私が男と間違えられる理由の一つに、父譲りの髪がある。お父様と私は、濃紺のストレートな髪に、ダークブルーの瞳なのだ。その風貌からも、氷の参謀などという二つ名のついた父譲りの髪と瞳。ちなみに、お兄様は美しいウエーブのかかったライトブルーの髪で、瞳は母譲りの優し気な水色。うらやましい。
 そんな髪をいつでもピッシリと一つに結わえて(邪魔だから)、キュロット姿で(機動力ある!)、馬を駆っていればまぁ……勘違いされても仕方がない。うん、仕方がない。多分、顔のせいもあるけど。
 その上、フェルゼンやシュテル王子よりは低いけれど、男の平均ぐらいはある身長にいかり肩。平らな胸。飾り立てなければ令嬢などは思われないその風貌が恨めしい。

 そして、もう一つの決定的な理由。
 戸籍上の性別と名前が男子だということ。これは私のせいじゃない。お父様のせいだ。

 なぜだか、アイスベルク家は代々女の子が生まれにくく、大人になるまで育つのは稀で、病弱なことが多かったらしい。
 リーリエお姉様は、百年ぶりに生まれた直系の女子で、生まれたときは一族郎党大騒ぎ。しかし、そんなお姉様も、例に漏れず病弱だったのだ。
 その二年後に、私が生まれた。私は仮死状態で生まれて来て、周りの誰もが長くは生きられないと思ったそうだ。
 それで、どうせ死ぬと思って投げやりになったのか、それとも死ぬぐらいならと一縷の望みをかけたのか。お父様は私に男の子風の名を付けて、洗礼も男子として受けさせた。その為、公式文書としては、私は男子として登録されることになったのだ。

 そのおかげなのかなんなのか、私は一命をとりとめた、というわけなんである。

 お父様、ありがとう。私は怪我はしても病気はしないで、今日も元気に生きています!

 その上、そもそもアイスベルク家は女の子の育て方に疎く、政略結婚なんて考えたこともない家だったため、私は自由に育てられた。

 アイスベルク領は昔から名馬の産地として有名で、私たちも馬を育て暮らしてきた。お父様は一年のほとんどを領地で過ごしているため、ひきこもり侯爵なんて呼ばれていると、お兄様がこっそり教えてくれたこともある。もともとは騎馬民族だった名残なのか、基本的に家族みんなが自由人だ。

 貴族の娘として基本的な振る舞いや所作などは教えられ、時と場所によってはそのように振る舞うように躾けられては来たけれど、領地内でそのように振る舞う必要はなかった。
 そもそも、この領地には貴族なんて私の親族しかいないからお高く留まっても意味ないし、領地の人たちだってみんな騎馬民族の末裔だから、基本実力主義なのだ。

 馬も乗れないようなガキんちょは、領主の娘なんて理由だけで一人前の扱いは受けない、世知辛い。

 馬と共に育った私は、自然と乗馬を覚え、騎士を目指す兄と共に剣を覚えた。姉と一緒に花を愛で、スイーツを食べ、お洒落もした。
 男だからこうしろとか、女だからどうしろだとか、煩く言わない家柄だったのだ。使用人も、おぼっちゃま、お嬢様などと呼ぶことはなく名前で呼んでくれていた。それも大きい。
 私は私。それ以外の何者でもなかった。

 やりたいことをさせ、欲しいものは与えられた。そのあたりは、侯爵令嬢として当たり前だったのだとも思う。それとも末っ子ゆえの甘やかしだったのか。
 ともかく私はそうやって自由に育てられ、外ではパンツ姿で活動的に、家の中ではドレスを楽しむ、それが普通だと思っていたのだ。
 多分、女の育て方を単純に知らなかったのだと、今になってみれば思う。
 

 で、まぁ、それは仕方ないとして(仕方がないのか?)、なんで私が騎士になってしまったかと言えば、うかつにも幼年学校に入ってしまったのからなのだ。

 幼年学校。それはこの王国で騎士を目指す十三才から十五才の男子が共に学びあう場所だ。そこを無事卒業すると軍属へ付くことになる。士官を目指すものは、十六歳から全寮制の士官学校へ入学し、騎士になるのだ。
 幼年学校は男子のみ、そうなれば騎士だって男子限定なんである。

 そもそも、なぜその男子が通うべき学校へ私が通うことになったか。
 簡単に言えばあれだ、大体はフェルゼンに誘われた幼年部の剣闘大会で入賞したのがいけなかった。
 あれがきっかけで、シュテルと友達になり、推薦も持ってることだし同級生だしみんなで幼年学校に入ったら楽しいね、って話になって、私はぼんやり女子入学も許されたのかなーなんて思いつつ、無事合格したから安心してたらそんなことはなく、私は男子として入学を許されていた。

 まぁ、名前も戸籍も男子だしね。


 そのことに気が付いて、ガーンとなったのは仕方がないだろう。
 まず、シュテルに完全に男だと思われていたことに、その時になって初めて気が付いたわけだ。(別に女としてみて欲しいわけじゃないけど! 性別を問われたことすらなかったから)

 それに加えて、父も母も兄さえも! 知っていたはずなのに止めなかったこと。
 合格通知貰って、盛大にお祝いしたからね。
 『お前が望むなら、私は全面的にバックアップしよう』とはお父様のお言葉。
 その後ろで、お兄様は満面の笑みで胸を叩いて見せた。

 どう考えてもおかしいよね? それ。

 お母様は、『あなたは自由にしたいことをしたらいいのよ』なんて、手を握って応援してくれたりするもんだから、たったの十三だった私は分別なく勢いで乗り込んだ。

 だって、剣も乗馬も弓矢も好きだし、お父様とお兄様の仕事には憧れていたのは間違いない。女騎士の道があるなら、騎士になりたいくらいには思っていた。
 それになにより、シュテルとフェルゼンと一緒というのは、代えがたいものだと思っていたから。
 そしてズルズルときた結果がこれだ。

 卒業するまでに、女騎士の道が開けていればそれが一番だと思うけれど、あいにく我が家にはそんな権力はない。せめて、私が士官学校で学んだことを領地に持ち帰って、女騎馬隊でも作れればいいな、なんて目論んで最近領地で試験的に女子の騎馬隊訓練を始めたところだ。


 そんなわけで、私は男になりたいと思っていたことはなかった。(女らしく生きたいと思ったこともないけれど)
 それに、家族からも男として生きろと言われたこともなかった。
 私は、ドレスだって好きだし、花だって好きだ。綺麗なものも大好きだ。刺繍や細かい手作業は得意ではないけれど、甘いものを食べるのだって好きだ。
 それと同じように、乗馬も好きで剣も好き、外で遊ぶのが大好きなだけ、肉だってガッツリ食いたい。それだけのつもりで生きて来た。

 恋はまだ知らないけれど、とりわけ女の子が好きってこともない。男が好きかと問われれば、それも良く分からないけれど。

 なんてったって、私の周りの男の子はイケメンすぎるから、自分の感覚がおかしくなっているのは自覚している。シュテルやフェルゼンを見慣れてるから、アレが普通で当たり前で、あれに恋する女子の気持ちがまーったくわからないのだ。たしかに見た目は良いけどね、家柄もいいけどね、ふっつーの人間だよね、彼ら。

 太陽の騎士とか笑えるし、光芒の王子ってなんだよ。
 っていうか、私も宵闇の騎士だった……。ねぇ、二つ名って誰が付けるの? 私も誰かになんかつけたい。

 ……それは置いといて。

 逆にイケメンじゃない方がいいのかもなー、なんてぼんやりと思っている。
 まぁ、お兄様もかっこいいし。お姉様も美人だけど。
 イケメン飽和状態なんだな。うん。

 イケメンゲシュタルトにため息をつきながら、私はお姉様をエスコートして広間に入った。
 今から新年の舞踏会が始まるのだ。