駅に着くと私は鞄の中からはがきを出す。
そのはがきを春斗が横から覗き込むと掲示板を見て方向を指さす。
あまり駅を使わない私は慣れない遠足のような気分にもなるが、掲示板を見ている春斗は駅に慣れているのか、それとも土地勘があるのか、はがきの住所だけで駅を特定した。
見ればそこは二駅ほどしかなかった。
「案外近いな……」
 春斗は苦笑いのような顔をして改札を通った。
「しょうがないでしょ。お母さんの新しい実家には行ったことなかったんだから」
 改札を出て横に並ぶ私は少し口を尖らせる。
「引っ越ししたの?お母さんの両親は」
 先ほどの苦笑いから顔を変えて不思議そうな顔をした。
「うん。お母さんの実家から届いた一番新しい住所も違うし、お母さんからそんな話を聞いたこともあったから」
 私が話せば話すほど春斗の頷きが小さくなっていることに気づいて私は会話を止めた。
「どうしたの?」
 ちょうど電車のドアの位置が張られたホームに着いて足を止めると春斗はうつむいていた顔をあげて私を見た。
「夕希は今までお母さんに会いたいって思わなかったの?」
 春斗の質問はあまりにも根本的なものだった。
でもその質問は私の過去の感情を振り返させるものだった。
「会いたいって思ったことはある。最初は母がどこかに泊まっていていない感覚で違和感はなかった。でもそうじゃないって実感した時は何度も会いたいと思ってた。それなのに今の生活の苦しさが私の会いたいって気持ちよりも勝ってた」
 遠くを見る私の頭に感情が絵になったように浮かんだ。
「会いたい気持ちがあったのに押し殺して知らないふりをしてた」
どうして私を置いて行ってしまったのか。
どうして連絡してくれないのか。
そう思う日は何度もあった。
それでも行動しなかった理由。
それは一つだった。
「きっと行動する勇気と力がなかった。いつも感情よりもどうすれば楽に生きられるか。どうしたら苦労しなくて済むか。そんなこと考えて生きてたから行動できなかったんだと思う」
 自分の気持ちを振り返るとあまりにも昔の自分が空っぽだったことに気づく。
「でも春斗に出会って感情を言葉にできるようになって、杏夏と出会ってその大切さがわかった。二人の存在のおかげで力をもらって行動しようって思えるようになったから今、私はお母さんに会いたいんだと思う」
 春斗は納得したように大きく頷いて「そっか」と一言返した。
それは春斗の優しい微笑みと一緒に私の心に届いた。