目の前にあるお茶を一口飲むと冷たくて口をすっきりさせてくれる。
同じタイミングで飲んだ春斗はコップを置くと口を開いた。
「昨日、なんで泣いたの。目が腫れるほど」
 あまりそこには触れたくないという考えのせいか私は口を結んで目をそらした。
でもこのまま一人で抱えているのも嫌だった。
前から春斗は私の悩みを聞いている。
その春斗になら打ち明けてもいい。
いや、打ち明けたい。そう思えて私は春斗に姿勢を向けた。
「昨日、お母さんのいた部屋に入ったの」
 春斗は黙って頷く。
それが私にとって最も話しやすい対応なのは知っているのだろう。
「本棚からアルバムが出てきたの。何枚かはがれていて、でも最後に手紙が入ってた」
 その先を話すのはやはり躊躇する。
母のことを触れてこなかった私。
いつも父の不満や今という時間に対する悩みばかりで母のことと向き合っていなかった。
それでも話さなければ前に進めない。
「手紙は私に向けてだった。私が読むのをわかっていたみたいに」
 だんだんと細くなる声を出す私の手を春斗の大きな手が握った。
それが私の心を緩める。
急に顔が歪むのをこらえられない私でも春斗はじっと見つめて握っている。
「きっと無い写真はお母さんは持って行ったんだと思う。最後の手紙でわかった。ずっと家族でいてくれたのはお母さんだったって」
 最後まで母でいることを決めて、それでも出て行ってしまった母を思うと昨日のように涙が手に何粒も落ちる。
「お母さんがどれだけ辛かったか。やっと知った。でも私は何もできない。それが苦しくて仕方ないの」
 目を強くつぶって過去を振り返ると父だけの顔が浮かんでいたはずの今までが嘘のように母の顔だけになる。
「夕希、それが夕希の本音じゃない?」
「どういうこと?」
 つぶっていた目を開けて春斗を見ると春斗は変わらず私を見ている。
「夕希、本当はどうしたいの。今一番感じていることはお母さんのこと。夕希はお母さんに会いたいんじゃないの?」
 春斗は昨日の私の言葉を聞いていたように冷静に話す。
春斗に言われて私の中の扉が一つ開いたようにその考えで埋め尽くされた。
それはただ一つの答え。
「お母さんに会いたい。会いに行きたい」
 細かった声が春斗の言葉で強くなる。
それが自分の意志だと私はようやくわかった。
「そこまでわかったら夕希はきっとなんでもできるよ」
 春斗は握っていた手を離して頭を軽く乗せた。
それがおまじないのように元気をくれた。