名もない花のように生きる君へ

 一度息を吐いて、私は自分の中の言葉を放つ。
「ねえ。前に自分自身を打ち明けるって言ってたよね?」
「そうだね」
 今日来ることを知っていたかのように返事をする声。
でももう戸惑うことも疑うこともしなくなった。
「何が自分自身なのかわからない。それにどのきっかけで話せばいいのかもわからない」
 うつむきながらため息をこぼす。
そのため息を見ていたように間を空ける。
「もう君は自分を見せられるようになってるよ」
「そんなことないよ……」
 ため息交じりの小さな声は静かな廊下に消えていく。
「君は何を解決したい?」
 その言葉に一度考える。
私は何を打ち明けたいのか。
どうして苦しいのか。
答えは一つ。
「自分の居場所が欲しい」
 思い出したくない。
苦しい思いは味わいたくない。
「居場所はどこに欲しいの?」
「それは……」
 もう一度考えると、私は大事なことを忘れていた。

 前はどこにも居場所がなくて辛かった。
その辛さを聞いてくれる人がいなかったから消えたかった。
でも今は私の話を聞いてくれる人がいる。
そばにいてくれる人がいる。
私を闇から手を引いて連れ出し、話を聞いてくれる春斗。
私の気持ちを受け止めて、そのうえで頼ってくれる杏夏。
私に居場所はある。
無くて寂しい思いをしているのはあの場所……
「家に居場所が欲しい」
「そうだね」
 私の思いを強くしてくれるその声は頷きながら見守っている気がした。
「君は今頼れる人の顔が頭に浮かんでいるはず。だから具体的なことが言えた。その頼れる人に君は少しずつ自分を出せていると思わない?」
 浮かんだ春斗と杏夏の顔はいつもの優しい微笑み。
それは時に真剣になって自分のことや相手に対して真面目な言葉を出す。
「君のままでいればいいんだ」
 少しずつわかってきた頃にはもう背中にあった温かさと包んでいる光がなくなった。
一度考えてうつむく私。
それでも鞄を持って立つと自然と前を向いていた。