名もない花のように生きる君へ

 その場所に座り込む私は涙しか流せない。
手に感じていた温かさもなくなった。
本当にこれが最後……
「そういうことか」
 私の鼓動が大きく全身に響き渡った。
ゆっくりと近づいてくるその姿。
安心する声。
「春斗……」
 私に近づくのは間違いなく春斗だった。
それは私とともに長い時間過ごし、いつも私のそばで助けてくれた今の春斗。
「どうして……」
「集会の前に北原に会ったら保健室だって言うのに保健室にもいないからここだと思って」
「そうじゃなくて」
 目の前で話す春斗が現実にいるのか。
触れられる春斗なのか。
不安は上手く言葉に出ない。
「事故に遭ったって」
「かすり傷だよ。学校に電話した時もそう言ったけど」
 座り込む私の横に春斗が腰を下ろした。
春斗の匂いなど今まで気にならなかった。
でも横に来た時、匂いを感じて現実のように見えてくる。
「ここで未来の俺が夕希に会ってたんだな」
 春斗はカーテンからこぼれる光を見つめた。
「夕希があの時、本気で俺に伝えてくれたからたぶんかすり傷で終わったんだと思う」
 遠くを見つめている春斗の横顔を見ると自然と微笑む私がいた。
「未来の俺が、俺自身の未来を変えたのか。夕希を使ったことが許せないな」
 笑いながら言う春斗。
その顔が見たかった。
笑って横にいてくれる春斗が恋しかった。
「違うよ」
 呼吸がいつの間にか普段の落ち着いた呼吸になっているのを今気づく。
「私の未来を変えてくれた。そして私の人生に色を塗って道を示してくれた」
 春斗を見ると私の目を真剣に見つめている。
その春斗の手が私の頬に触れる。
触れていると感じられる。
温かさを感じられる。
今目の前にいる春斗は生きている。
私のそばにいて私に力を与えてくれる。
現実だ。
「今の俺は夕希のそばに居られるから。夕希のこと手放さない。未来から来た俺ができなかったことを俺がする。俺は、夕希を失いたくないから」
 春斗の手の温もりが私の心を温める。
頬に触れている春斗の手を私は握った。
「ずっと一緒にいてくれてありがとう」
 私が見つめている春斗が私の体を寄せる。
「これからもずっと夕希を大切にしていくから」
 春斗の腕の中は温かくて、どこかで苦しく叫んでいた心が落ち着く。
人に包まれることがこんなに嬉しくて安心することだと知らなかった私。
春斗の温もりが教えてくれる。
春斗が少し腕を緩めると私と目が合う。
「だから離れんなよ」
 その言葉は不器用で優しい春斗の魔法の言葉。