名もない花のように生きる君へ

 最初この場所に来た時、私の中には闇でいっぱいだった。
その闇が少しずつ晴れてきたのはこの未来の春斗の言葉があったから。
だから今の春斗も未来の春斗も失いたくない。
「お願い、出てきてよ……」
 私はその場で泣きくずれた。
声を飲み込み、呼吸が荒くなる。
 その時、私は風を感じた。
それは前にも感じた風。
私は振り返って大きく揺れるカーテンを見た。
そこにはまた光を感じる。
涙も忘れ私はカーテンを見つめた。
風を感じなくなると同時に私は泣いて乱れた呼吸が止まった。
「春斗……」
 そこには未来の春斗がいる。
どうして区別できるのかはわからない。
でも私にはわかる。
私の前に居る春斗は春斗の一部、欠片のようなものだと。
「泣いちゃだめだよ」
座り込む私の目線に合わせて優しく話しかける。
その体はもう時間がないことを表しているように薄い。
「だめ、行かないで。私を一人にしないで」
 腕を掴もうとするとその手は未来の春斗をすり抜ける。
その光景を見ても未来の春斗は笑っていた。
触れられないもどかしさは今まで感じたことのないものだった。
「春斗がいなくなるのは嫌だ。だっていつも春斗に助けてもらって」
「夕希が元気に明るく、そして笑っていられればいいんだよ」
 口調や声が違ってもどちらの春斗も離したくなかった。
どちらも失って過ごすことは今の私には考えられない。
「お願い。行かないで……」
 微笑む未来の春斗は私の頬を撫でるように添えた。
でもそこに感触はない。
「一度でいいから触れたかったな」
 微笑みながら私を温かい目で見る。
それが別れの合図。
そんな風に見えた。
「じゃあね、夕希」
「嫌だ。行かないで」
 私は未来の春斗の体に飛び込んだ。
でも私の望みは儚く散った。
未来の春斗の姿はなかった。
微かに残った温かさが涙を誘う。
自分の手を胸に当ててその温かさをしまいたかった。