文化祭も終わり、片付けの時間が多かった月曜日。
帰る頃には文化祭の面影もなく、放課後の教室には私と杏夏しかいない。
二人だけのはずなのににぎやかなのは杏夏が今まで見たことがない興奮を私に見せていたから。
「え、あいつが夕希にキスしたの?」
「頬にね」
 いちいち訂正を入れないと杏夏の話が変わってしまう。
「いやいや、あいつがそんなことするとは……」
 二人だけの教室だから言えること。
杏夏は首をかしげたり、目を見開いてみたりと冷静な杏夏ではなかった。
「寂しかったんだよ。後夜祭も行かなかったし」
「そうじゃないでしょ。で、その後どうしたの?」
 急に目を輝かせながら私の机に手を付けて身を乗り出してくる。
期待。その文字が似合う表情。
でも期待がどこにあるのか理解はしていなかった。
「普通に混む前に二人で駅まで帰ったよ」
「その途中は?」
「普段通りだよ」
 杏夏はため息と同時に肩を落とした。
きっと杏夏はもっと違う言葉を欲しがった。
でも私はその期待に応えられなかった。
口を結ぶと杏夏は息を吸って私の顔をじっと見た。
「どうしたの?」
 杏夏の真剣な眼差しが耐えられずに目を泳がせる。
「夕希はあいつのこと、どう思ってるの」
「どう思ってるって……」
「恋愛感情があるのか、ないのか。それが一番早い答え」
 杏夏は長くなると思ったのか私の目の前の席に座る。
鞄を整理していた私も杏夏の前に腰を下ろした。
腰を下ろすと余計に杏夏の真剣さが伝わってくる。
頭で考えるのは好きか嫌いか。
でも出る答えが正解、不正解がなかったとしても正解に近づいているのかわからなかった。
「好きなのは好き。でも恋愛もしたことがない。友達もいなかった。これが友情ではなく恋愛なのか自分でもわからない」
 前にわかった言葉を口にすると心の整理がつくこと。
それを思い出すと頭の中の霧が晴れていくようだった。
「いつも春斗は冷静で淡々としてるけど、私のことをよく見ていて、頼りたい時にそばにいてくれる。闇を晴らして、光をくれる」
 自分の感情は言葉にするのは難しい。
心や体内がどんな風に私に影響しているのか。
でも言葉にすると少しずつ紐がほどけていく。
「新しい世界を見せてくれる。だから私も春斗に新しい世界を見せられるようにしたい」
「卒業しても一緒に居たいってこと?」
 杏夏の質問に躊躇なく答えられたのは春斗も同じように頷いてくれると勝手に思っていたから。
「それってさ、好きってことじゃないの?」
 頬杖をつきながら微笑む杏夏を見て、自分の心と、その心にしまった過去を目を閉じて見つめる。
始まりは春斗との出会い。
その春斗と友達になり、杏夏という友達ができた。
いつしかなんでも話せる相手になっていて、辛さ、苦しさ、寂しさを理解してくれた。
いつでも私を受け入れてくれた。
思い返せば、その時の感情全てをまとめるのは難しい。
でもだんだんわかってきたものがあった。
「好き、なのかもしれないね」
 私の答えは二文字でもいろんな感情が詰められるその言葉だった。