「すでに二人には話したけど、“未来人の落とし物”を解析してたら見つけた、プロジェクトと〈拡張戦線〉、そのどちらにも関わりのあるこの人物。で、セリアに訊いてみたの。『この人物は〈拡張戦線〉に今も携わっているか?』って」
「で、答えは? セリアは知ってたのか?」
「情報生命体だからね、この世界のあらゆる情報を知ってるはずだわ。もちろん、知ってた。で、こう答えてくれたわ――――『ああ、携わっているよ』ってね」
「マジか! まだ、生きて……」
 大地は右手のこぶしを無意識のうちに握る。
「ならレミちゃん、次の方針はもう決まりだね」
「ええ、〈拡張戦線〉に参戦ね。この赤髪の子、それにゲームの制作チームに接触してみましょう。制作チームに接触するには、プレイしながらのほうが警戒もされないだろうし」
「開始時間や受付の場所は、いつの間にかスマホに入ってたこのアプリで調べらるみたいだね」
「あ、オレのスマホにも入ってるわ」
 パズルゲームアプリ、レミの開発した多人数同時通話アプリの隣に、これまでなかったはずの『i』字型のアイコン《i(アイ)-Browser(ブラウザー)》が自然と並んでいた。アプリを立ち上げると、虚数空間の世界(イマジナリーパート)のマップ、交通状況、主要な施設の情報などを確認することができた。
「《NETdivAR(ネットダイバー)》がどのレベルのARなのか気になるわ~。もしかしたら私の研究に活かせるかも!」
 レミはウキウキの表情で、勢いよく握り拳を挙げて、
「よーし、明日は土曜日だし気兼ねなくこの世界を満喫ね! ゲームに備えてちゃっちゃと寝るわよぉー!!」
「いや寝るって、どこでだよっ」
「ネカフェでよくない? さすがにこの世界にもネカフェはあるでしょ? 安いし、個室を使えば安全。年齢を誤魔化せば高校生(わたしたち)でも泊まれるでしょ」
 ネットカフェで寝ることに抵抗のない者の発言だが、大地とあおいにはイマイチ理解できない発言である。けれども安いという理由に反論できず、結局三人は近くのネットカフェで一泊したのであった。

       ◇

「おーい、起きろレミ。このままじゃ延長料金取られんぞ?」
 普段巻くヘアバンドは額になく、頬に掛かる程度に伸びたオレンジ髪を下ろしている大地。極楽の世界を満喫しているのではないかと思えてしまうほどに、心地よさそうにソファへ身体を預けるレミの肩を何度も揺するが、
「うんにゃぁ~……、あと少しだけぇ……ねんねするぅのぉ…………」
 ムニャムニャとレミは漏らす。大地は負けじと小柄な身体を揺するが、それ以上の反応は残念ながらなかった。西洋人形のような愛らしい顔立ちでも、その長所を台無しにしてしまう怠けっぷりにはイラ立ちを覚えるレベルだ。
「あはは……、レミちゃんなかなか起きないもんね。延長料金はそこまで高くないし、三〇分伸ばそうか。その間、一緒に朝ごはん食べない?」
「しょうがねえな……。うしっ、食べるか!」
 諦めた大地は朝食プレートをあおいと注文し、一緒に頬張った。そして三〇分後、再びレミを起こしにかかるがまたもや跳ね返されてしまい、結局その三〇分後に店を出ることになった。
 無人機相手にカードで清算を済ませながら、レミは口元を緩めて八重歯を覗かせ、
「いやー、ごめんね。昨日は疲れちゃって。あんなに動いたのは何年ぶりかしら?」
「レミちゃん、体育はよくサボってるもんね。お医者さんに言われたとおり、少しは運動したほうがいいんじゃない?」
 体育以外の成績はわりと優秀らしいので、体育はサボっても見逃されるという噂はかねてから耳にしていた大地は、
「オレなんかマジメに授業受けてるのに教師から陰口叩かれてんぞ。どうやったら連中を味方に付けられるんだ?」
 あおいとレミは大地の全身を凝視し、
「いくら成績がよくても……ね?」
「趣味悪いシャツやめてアクセ外せば済むハナシなのに」
「う、うるせえ! はよ行くぞ!」
 大地はそっぽを向くように顔を逸らし、
「そういやあ、まだ夜の街並みしか見てなかったか? 太陽昇ったサイバーパンク都市ってのも乙なモンだろうな~」
 大地を先頭に店の外へと出た。……が、
「あれ?」
 世界は宿泊前と変わらず夜のままだった。太陽は昇っておらず、数えるのが数秒で億劫になるほどの星々が夜空を埋めている。
「ああ、ここドーム型の世界だっけか? 太陽ないのな……」
 大地はガックリと肩を落としたが、気持ちを切り替え、
「よし、さっそく〈拡張戦線〉の受付に向かうか!」
「受付の場所と時間は調べておいたわ。歩いて十五分の場所よ」
 そうして受付会場へと向かい、時刻は午前十時半を回ったところ、三人が目的地に到着すれば、百人程度の人間が会場をごったに占領していた。
「おお、人混みがすごいな! これ、全員が〈拡張戦線〉目的か?」
「やっぱり大人が多いね。普通の学生だったらまず参加はしないだろうし。この世界の研究者に関係ある人たちかな?」
「うげっ、人混みは嫌いなのよね。ゲームが始まればバラけはするでしょうけど……」
 参加者のメイン層は大学生、社会人と思われる青年たち。開始の三〇分前だが、数多の面々が賑やかな様相を見せている。
「にしても記念碑の塔……ここでの正式名称は〈ポイント・ゼロ〉だっけか、その周りをゲームのために貸し切るんだってな。塔って街の中心だぞ?」
「なんだかスケールが違うよね。《NETdivAR(ネットダイバー)》が虚数空間の世界(イマジナリーパート)にとってそれだけ重要な研究テーマなのかな?」
「ま、そういうことだと思うわ。貸し切るってつまり、店も閉めるわけだし」
 大地らは人混みを潜り抜け、集会用テントの下で参加の手続きをする。
「やっぱりラストの開催日だったのか。セリアの言ったとおりだ」
 運営元である〝拡張現実(かくちょうげんじつ)研究所(けんきゅうじょ)〟が研究成果のお披露目、およびさらなる研究の発展という名目の下に開催をする〈拡張戦線〉。不定期の開催らしいが、今クールの開催期間は一週間、全七回であり、本日が最終日となっていた。虚数空間の世界(イマジナリーパート)の中心に立つ〈ポイント・ゼロ〉の周囲3×3平方キロメートルがゲームのフィールドとなる。
「はい、これが《パラレルコネクタ》。私が髪飾り型、大地が腕輪型、あおいがチョーカー型で構わないわよね」
 レミから渡された腕輪型のそれを受け取ると、大地は不思議そうに目を凝らし、
「これがあのメガネの代わりになるんだよな、信じられん」
 《パラレルコネクタ》――、使用者を拡張世界(コンプレックスフィールド)へと誘うアイテムだ。腕輪型、チョーカー型、指輪型、髪飾り型、アンクレット型が存在し、色も多様である。
「空気中の原子から電子を取り出して、レンズを作って瞳を覆うんだって。フェルミ粒子が由来だから“フェルミレンズ”って呼ばれてるみたい」
 あおいは首に装着したチョーカー型のコネクタに触れてボタンを押し、
「わっ! ほんとに見えるっ。すごい、レンズの感覚なんか全然ないのに!」
 普段のか細い口調は影を潜めて声を弾ませたあおいは、何もないただの空間をタッチしている。胸元を指でツンツンする様相は見ていて不思議な光景だと、大地は思った。
 レミは金髪に添えたコネクタに触れて、
「ふふ、はしゃいじゃって。……――おっ、AR! メガネなしでも見られるなんて。ホント、この世界の技術はどうなってるのよ」
 先輩らに続いて大地も、左手首にはめたコネクタのスイッチを押した。すると――、
「うおっ!」
 参加者で賑わう光景(げんじつ)が広がる中、そこに重なるように数種の仮想ウィンドウが出現した。視界の右上にはブルーのHPゲージ、その下に現在の装備状況『No_Weapon』、左上にはチームメンバーの名前・状況という構成で、たとえば大地の視界の左上には『Lemi-Fukatsu -Waiting-』、『Aoi-Nakahara -Waiting-』なる表示がなされていた。
「ルール説明はもうじきのようね。説明を聞いたあと、スタートの合図で解散だって」
「それにしても結構な数が集まってるよな。腕利きのプレイヤーも多そうだ」
 面々の中には、大地の知らない用語をさも当たり前のように話す者だっている。また顔見知りなのか、チーム単位で「協力しよう」、「まずはあのチームを陥れよう」という会話も交わされていた。
「何も知らない私たちじゃ苦戦しそうね……。この催しみたいにゲーム形式で研究をお披露目することは珍しくなさそうだから、慣れてるプレイヤーを参考にしないと」
「いいじゃねえか、やってやろうじゃねえか! たとえゲームでも研究でもやるからには勝とうぜ! な、あおい!」
 大地はキラリと歯を輝かせてみせたが、あおいはARに夢中でまるで聞いていない様子。
「わっ、スイッチ切ったら人が消えた。そっか、仮想体でも参戦できるんだっけ」
「仮想体? ああ、そんな参戦形態もあるって言ってたっけな」
 そう、〈拡張戦線〉には二つの参戦形態がある。一つは大地らのような生身での参戦であり、そしてもう一つが拡張世界(コンプレックスフィールド)上に投影される〝仮想体〟での参戦だ。
「レミも仮想体のほうがよかったんじゃ? ヘッドマウントディスプレイを被ってればいいんだろ、たしか。身体能力はレミの生身よりマシになるし、疲れも感じないらしいし」
 仮想体のメリットは、大地が述べるように身体能力が年代・性別ごとの平均値に一律に設定され、かつ体力の消費が皆無な点。一方、
「でも大地くん、生身なら攻撃を受けても肉体に干渉はないでしょ? 生身と仮想体、どっちにも長所と短所があるみたい」
 たとえばエネミーによる突進を受けた場合、プレイヤーが生身ならば、仮想体で構築されるエネミーは肉体という実体を透過するのみである(ただしダメージを食らうとコネクタから微弱の電流が身体に流れる)。しかしプレイヤー自身も仮想体ならば、仮想体と仮想体同士が干渉し合い、仮にエネミーの突進を浴びた場合、プレイヤーは吹き飛ばされてしまう仕様なのだ。
「仲間外れはイヤよ。それに私は生身でARに触れたいの。この感覚わからないかしら?」
「ハナシを聞く限り、結構走り回るらしいからな。せいぜい足手まといになるなよ?」
「はいはい、アンタもチキン発動させて足引っ張らないようにね」
 全体説明の開始までゲームシステムとARに慣れておこうと、仮想ウィンドウ上のアイコンを弄り始めた大地。すると、
「あん?」
 視線の先、一人の少女がキョロキョロと不安そうな面持ちで人混みをうろついていたのだ。肩に掛かるシャギースタイルの赤髪、それにオレンジのラインが入った、黒を基調とした戦闘用スーツを着用している。
(あの顔……っ。まさか!)
 追い求めていた彼女と、外見の特徴が見事に似ている。大地は驚いた。
 それにしても、
(胸がデカイッ。鷲掴みしても手から零れるんじゃね!?)
 密着感のあるスーツだからか、身体の線がクッキリと映える。全体的にスリムな身体つきではあるが、出ている箇所はしっかりと主張をしていた。思春期少年の目も思わず釘づけ。
「……っ、どんな目で見てるのよっ。気持ち悪いッたらありゃしないわっ。キモッ、キモッ」
 すかさずレミが汚物を見るような目で大地を睨み、彼の肩をチョップする。
「でも、あの人って……。レミちゃんが見せてくれた顔写真の子に似てない?」
「あおいもそう思う? 私も」
「困ってそうだね。誰かとはぐれちゃったのかな?」
 あおいは眉をひそめて心配そうに呟いた。
「ははーんっ、ならばここは、紳士なオレ様が声をかけてやるか!」
「やめい! モロ不良なアンタが近づいても怯えられるだけよ! ……って、ガラの悪そうな連中に先越されたし。はぁ、この世界にもああいうの……いるんだ」