スタッフさんが語ると、奈津美先輩も「私もそのニュース見ました!」とまた食いついた。そして、ふたりで書物史談議に花を咲かせ始める。

 話についていけない僕は、すっかり蚊帳の外だ。奈津美先輩が楽しそうにしているので、こちらとしても有り難い限りなんだけど……何だかちょっと悔しい。このスタッフさんに罪はないし、完全に僕のやっかみだということはわかってる。けど、おもしろくないものはおもしろくないのだ。
 なので、僕は僕で展示を楽しむことにした。どうせ話には加われないのだから、先輩たちの会話を見ているだけ損だ。

 スタッフさんはシンプルで美しい活字と言っていたけど、開かれたページの活字は確かに味がある……気がする。綺麗は綺麗なんだけど、芸術面に素養がない僕には、高尚にこの活字の良さを語る能力はないようだ。
 それでも、この活字は創設者たちにとって命に等しい宝だったのだろう。なんたって、神に委ねて投げ捨ててしまったくらいなのだから。

 にしても、投げ捨てる方も投げ捨てる方だが、それを百年近く経ってから引き上げるなんて、人の執念とは恐ろしいものだ。川底の総さらいでもやったのだろうか。見つかった活字は百年近く川の水にさらされていたわけだけど、果たして今でも使える状態なのかな? 引き上げられたという活字を見てみたい気がする。

 ちなみに、こちらのお値段は五巻セットで三百万だ。さっきの『ダンテ著作集』を見た後だとインパクトに欠けるけど、それでも十分高い。一冊六十万だ。単純換算で、文庫本千冊分くらい。
 僕がお値段に唸っていると、奈津美先輩たちの談義も一区切りついたらしい。スタッフさんが、同じガラスケースに並んでいる、最後の一冊を指し示した。

「そして、最後にこちらが……」

「ケルムスコット・プレスの最高傑作、『チョーサー著作集』ですよね!」

 スタッフさんの言葉を継ぐように、奈津美先輩が鼻息荒く言った。スタッフさんも、大人の笑顔で「正解です」と拍手した。