『ぼくと手をつないだら、子どもができちゃうよ』
不思議な超能力者に連れられて、多美が探偵事務所に行くと、頭のおかしなチビがそう言ったらしい。
が、しばらくすると、多美は本当に身籠った。相手が誰かなんてことは知らない。
運よく女が生まれた。計画どおりだ!
女児を差し出して、自由にできる環境をつくれば、小宮は必ずイタズラをする。
そしてバレることを恐れて、いつかは殺す。
和樹はそう信じていた。
ああいうやつの性癖は治らない。刑務所に行ったくらいで決して反省なぞしない。だから必ずやる。そうしたら今度こそ死刑だ。
ところが多美のほうが、待てなくなった。
「もう無理」
電話で訴えてきた多美に、和樹は待てと言った。
「絶対に小宮はやる。あともう少しだけ待つんだ」
「嫌よ」
多美はきつい口調で言った。
「あれはただのいいパパよ。一緒に住んでるわたしのほうが、和さんよりよっぽどわかってるから。それより最近純が、色々わかるようになってきたの。死なせるんなら早くして。これ以上大きくなったら、わたし、つらすぎるかも」
「……わかった」
ある程度予想はしたことだが、多美に母娘(おやこ)の情が生まれてきている。仕方がない。子どもは処分しよう。
すっかりパパ気分でいる小宮に、死体をプレゼントしてやる。
そうだ。愛する娘を突然殺される苦しみを、あいつにも味わわせてやるのだ。復讐としては物足りないが、今回はこれで我慢してやる。
子どもの次は、おまえだ、小宮。
これはそういうメッセージになる。純の死体を見た小宮は、この先一生、復讐の手が自分に伸びることを恐れて、毎日ビクビク脅えて暮らすことになるのだ。
和樹はそう決めて、電話で多美に言った。
「折を見てこっちのアパートへ来い。人に見られないように注意してな。おまえは同棲相手に嫌気が差して、子どもを連れて家出した。そういうことにするんだ」
「……それで?」
「ノイローゼになったおまえは、海が見たくなって堤防に坐り込む。気がつくと子どもの姿がない。誤って海に落ちたってわけさ」
「わたしが落とすの?」
「いや、おれがやる」
「……捕まらない?」
「目撃者さえいなければ大丈夫だ。そこのところは、おまえがしっかり見といてくれ」
八月の第二土曜日の深夜に決行となった。その日の昼前、多美の携帯に、小宮からのメールが入った。
〈多美さん。彼氏が、村松和樹さんであることを知りました〉
舌打ちが出た。くそっ。勝間田の野郎だ。きっとあいつが、余計なことをしゃべったにちがいない。
小宮に会って、とことん恐怖を植えつけなければ。
幼女の溺死に関して、もし警察におかしなことを言ったら、どれほどの苦痛が待っているか――そいつを骨身に沁みてわからせてやる。
もうすぐ小宮に会う。ついに、あの野郎と……
二十三時。アパートを出る予定時刻の一時間前になったとき、和樹は玄関に立った。
「どこに行くの?」
「どうも落ち着かなくてな。ちょっと外の空気を吸ってくる」
当てもなく歩く。目の前を、小宮の母親の顔がちらつく。電車に飛び込んで自殺した、無責任な女の顔が。
「くそっ。おれのせいじゃねえぞ。あいつは勝手に死んだんだ」
気がつくと、どういうわけか、教会の前に立っていた。
牧師を殴ったのが、つい昨日のことのように思える。
あれで和樹は、ローマ法王にクソを投げつけようと思い、イタリア旅行を計画したのだ。
イタリアではカメオを買い、多美を小宮への復讐に引きずり込んだ。多美もまた、地獄行き決定か――
「くそっ。神様がなんだ。おれの悲しみを知らないくせに、罰だけ下そうってのか。おれは神なんて恐くねえぞ!」
アパートに戻ったときは、深夜零時をとっくに過ぎていた。
小宮に会うことや、子どもを殺すことを考えると、歩く足がどうしても遅くなったのだ。
アパートの駐車場に目をやる。すると、シルバーのフィアット500に、もう多美が乗っていた。
運転席に乗り込んで、後部座席を振り返って言う。
「ガキも乗せたのか。おれが帰ってくるのを待てなかったのか?」
「和さんと同じよ。和さんの部屋にいても落ち着かないから、外の空気を吸いに出たのよ」
「誰にも見られてないだろうな?」
「ええ」
「そのスポーツバッグはなんだ?」
「家出を装うんだから、適当に荷物を入れたの」
するとスポーツバッグが、小刻みに揺れた。
「ん?」
猫でも入ってるのか、と一瞬思ったが、そんなはずはない。ただ多美の足がバックに当たって、動いたように見えただけだろう。
車を発進させて、小宮のアパートに向かった。深夜一時。多美が車を降りて階段を昇っていき、やがて小宮を連れて階段を降りてきた。
と、駐車場に小宮が這いつくばり、大きな声を出した。
「ごめんなさい!」
人目につきたくなかった。急いで手を伸ばし、小宮の腕をとった。
「目立つことすんじゃねえ。早く車に乗れ!」
おぞましさに震えが起こる。
友華を殺した野郎の肌に、触れてしまった。
不思議な超能力者に連れられて、多美が探偵事務所に行くと、頭のおかしなチビがそう言ったらしい。
が、しばらくすると、多美は本当に身籠った。相手が誰かなんてことは知らない。
運よく女が生まれた。計画どおりだ!
女児を差し出して、自由にできる環境をつくれば、小宮は必ずイタズラをする。
そしてバレることを恐れて、いつかは殺す。
和樹はそう信じていた。
ああいうやつの性癖は治らない。刑務所に行ったくらいで決して反省なぞしない。だから必ずやる。そうしたら今度こそ死刑だ。
ところが多美のほうが、待てなくなった。
「もう無理」
電話で訴えてきた多美に、和樹は待てと言った。
「絶対に小宮はやる。あともう少しだけ待つんだ」
「嫌よ」
多美はきつい口調で言った。
「あれはただのいいパパよ。一緒に住んでるわたしのほうが、和さんよりよっぽどわかってるから。それより最近純が、色々わかるようになってきたの。死なせるんなら早くして。これ以上大きくなったら、わたし、つらすぎるかも」
「……わかった」
ある程度予想はしたことだが、多美に母娘(おやこ)の情が生まれてきている。仕方がない。子どもは処分しよう。
すっかりパパ気分でいる小宮に、死体をプレゼントしてやる。
そうだ。愛する娘を突然殺される苦しみを、あいつにも味わわせてやるのだ。復讐としては物足りないが、今回はこれで我慢してやる。
子どもの次は、おまえだ、小宮。
これはそういうメッセージになる。純の死体を見た小宮は、この先一生、復讐の手が自分に伸びることを恐れて、毎日ビクビク脅えて暮らすことになるのだ。
和樹はそう決めて、電話で多美に言った。
「折を見てこっちのアパートへ来い。人に見られないように注意してな。おまえは同棲相手に嫌気が差して、子どもを連れて家出した。そういうことにするんだ」
「……それで?」
「ノイローゼになったおまえは、海が見たくなって堤防に坐り込む。気がつくと子どもの姿がない。誤って海に落ちたってわけさ」
「わたしが落とすの?」
「いや、おれがやる」
「……捕まらない?」
「目撃者さえいなければ大丈夫だ。そこのところは、おまえがしっかり見といてくれ」
八月の第二土曜日の深夜に決行となった。その日の昼前、多美の携帯に、小宮からのメールが入った。
〈多美さん。彼氏が、村松和樹さんであることを知りました〉
舌打ちが出た。くそっ。勝間田の野郎だ。きっとあいつが、余計なことをしゃべったにちがいない。
小宮に会って、とことん恐怖を植えつけなければ。
幼女の溺死に関して、もし警察におかしなことを言ったら、どれほどの苦痛が待っているか――そいつを骨身に沁みてわからせてやる。
もうすぐ小宮に会う。ついに、あの野郎と……
二十三時。アパートを出る予定時刻の一時間前になったとき、和樹は玄関に立った。
「どこに行くの?」
「どうも落ち着かなくてな。ちょっと外の空気を吸ってくる」
当てもなく歩く。目の前を、小宮の母親の顔がちらつく。電車に飛び込んで自殺した、無責任な女の顔が。
「くそっ。おれのせいじゃねえぞ。あいつは勝手に死んだんだ」
気がつくと、どういうわけか、教会の前に立っていた。
牧師を殴ったのが、つい昨日のことのように思える。
あれで和樹は、ローマ法王にクソを投げつけようと思い、イタリア旅行を計画したのだ。
イタリアではカメオを買い、多美を小宮への復讐に引きずり込んだ。多美もまた、地獄行き決定か――
「くそっ。神様がなんだ。おれの悲しみを知らないくせに、罰だけ下そうってのか。おれは神なんて恐くねえぞ!」
アパートに戻ったときは、深夜零時をとっくに過ぎていた。
小宮に会うことや、子どもを殺すことを考えると、歩く足がどうしても遅くなったのだ。
アパートの駐車場に目をやる。すると、シルバーのフィアット500に、もう多美が乗っていた。
運転席に乗り込んで、後部座席を振り返って言う。
「ガキも乗せたのか。おれが帰ってくるのを待てなかったのか?」
「和さんと同じよ。和さんの部屋にいても落ち着かないから、外の空気を吸いに出たのよ」
「誰にも見られてないだろうな?」
「ええ」
「そのスポーツバッグはなんだ?」
「家出を装うんだから、適当に荷物を入れたの」
するとスポーツバッグが、小刻みに揺れた。
「ん?」
猫でも入ってるのか、と一瞬思ったが、そんなはずはない。ただ多美の足がバックに当たって、動いたように見えただけだろう。
車を発進させて、小宮のアパートに向かった。深夜一時。多美が車を降りて階段を昇っていき、やがて小宮を連れて階段を降りてきた。
と、駐車場に小宮が這いつくばり、大きな声を出した。
「ごめんなさい!」
人目につきたくなかった。急いで手を伸ばし、小宮の腕をとった。
「目立つことすんじゃねえ。早く車に乗れ!」
おぞましさに震えが起こる。
友華を殺した野郎の肌に、触れてしまった。