待った。一時間。二時間。三時間。

 夕方になった。五時。電話の着信音。出る。

「小宮か」

 心臓も凍るような、冷たい声。

「おまえ、この電話を録音してるか?」

 まず第一に、謝ろうと思っていた。しかしいきなり質問されて頭が真っ白になり、すみませんの一言が出なかった。

「……録音は、してません」

「どうだかな。おれたちのことは、勝間田から聞いたのか?」

「……はい」

「で、どうした? 警察か弁護士に言ったか」

「いえ、誰にも言ってません」

「嘘つけ!」

 恫喝に、背すじまで痺れる。

「おれと交渉したいとは、どういう意味だ」

「あの、純の命と引き換えに、ぼくを差し出そうと」

「はあ?」

 憎々しげに唇を歪めた顔が、見えるようだった。

「なあ、小宮。おまえとは一度話したかったんだ。あとでそっちへ行くから待ってろ。ドライブでもしようぜ」

 電話が切れた。

 深夜一時まで待ったとき、チャイムが鳴った。

 ドアの外に立っていたのは、多美さんだった。

 もう二度と会えないのかな、と思っていたので、胸が詰まった。

「ごめん」

 出てきたのはそれだった。

「純のことばっかり考えて、多美さんをほったらかしちゃって。ちっとも幸せにしなかった。ぼくはこんなに幸せにしてもらったのに。ほんとにごめん」

「ばかな人」

 多美さんはそう言うと、くるっと背を向けた。

 多美さんのあとから階段を降りる。駐車場にシルバーのフィアット500。後部座席のチャイルドシートで、純が寝ているのが見えた。

「あ、純。生きてるの?」

「寝てるだけよ」

 運転席に、男の横顔がちらっと見えた。

 この人が、村松和樹――

 気がつくと、アスファルトに膝をついていた。

「ごめんなさい!」

 土下座した。

 すると運転席のドアが開き、痛いほど腕を引っ張られた。

「目立つことすんじゃねえ。早く車に乗れ!」