車がスーパー森に近づくと、雅斗くんがあっと声をあげた。
「テレビカメラですよ。マスコミが来てます」
「そうだな」
「あっちに人が集まってますね。犯人の家があるんじゃないでしょうか?」
「行ってみよう」
スーパーの駐車場に車を停めて、人家の並ぶ路地に入っていく。道に多くの住民が出ていて、好奇の目を路地の奥のほうへ向けていた。
曲がり角にマスコミらしき集団。テレビカメラ。マイク。
パトカー。青いシートで窓を隠された家。警察官。黄色いテープ。「立入禁止 KEEP OUT」の文字。
駈け寄る。大柄の警察官がさっと振り向く。両手を前に出して制止。
「立ち入り禁止です。下がってください」
「村松友華の父です!」
上ずった声が出る。光と音で、シャッターを一斉に焚かれたのがわかった。
「現在捜査中ですので、ここへはどなたも入れることはできません。お父さまには、のちほどご連絡がいくかと思います」
「犯人の親はいるんですか? 中に」
「いえ、いません」
「ではどこにいるのか、教えていただけませんか」
「それは、まだ被疑者ですので……」
「あなたではわからないのですね? では丸山署長に頼みます」
警察官に背を向けて携帯を出そうとした瞬間、人が大勢寄って来ていたのを知って、ぎょっとした。
「今、容疑者に対して、どんな思いですか?」
マイクが何本も突き出された。顔、顔、顔。頭が混乱する。これは今、テレビに流れているのか?
「容疑者の親に、なんと言いたいですか?」
記者だかリポーターだかが迫る。そいつの発した容疑者の親というフレーズが、和樹に火をつけた。
「未成年にやられたら、いったい誰が責任をとるんですか? この国は人殺しを護るんですか? 息子が死刑になんなきゃ、親が殺さないとだめでしょう!」
背後から抱きすくめられた。なにをする、と振り向いたら、雅斗くんだった。
「正式なコメントは警察を通して出します。これは放送しないでください。無断で流したら訴えます! どうぞ遺族のプライバシーにご配慮をお願いします!」
引っ張られて、マスコミの群れを抜けた。みんなに見られながらスーパーの駐車場に戻る。車に乗ろうとしたとき、「村松和樹さん」と低い声で呼び止められた。
振り返る。茶髪の男。スーツ姿だがネクタイはしていない。男が名刺を出した。
「フリーライターの勝間田章吾(かつまたしょうご)と申します。村松さんは正しいことをおっしゃいました。犯人は、未成年だろうと殺すべきなんです」
すっと背中が伸びた。相手を見つめる。髪の色などで若そうに見えるが、どことなく貫禄もある。おそらく和樹と同じ三十代だろう。
「わたしは凶悪犯罪の悪質化、低年齢化に対する警告を発し、悪法たる少年法の改正を訴える活動をしています。それに関する著書もあります。一緒に闘いましょう」
差し出された手を、ほとんど無意識に握った。すると勝間田は、
「犯人であるコミヤキヨノブの情報については、詳しく教えます。なにか知りたいことがありましたら、名刺にある番号に電話するかメールしてください」
「……ありがとう」
礼を言って、車に乗った。ついに犯人の名前がわかった。コミヤキヨノブ。
運転しながら、雅斗くんが言った。
「彼から情報を得られれば、ぼくたちが動かなくてもいいので確かに楽です。でも相手はライターですから、色々と見返りを求めてくるでしょう」
「見返りというと?」
「和樹さんの生の感情を聞かせてほしいと言うでしょう。そういうものを集めて、少年法の改正を訴える自分の活動に利用しようとすると思いますよ」
「それは別に構わない」
むしろ、大いにやってほしかった。
携帯が鳴った。熊野刑事からだった。
「村松さん、お怒りは充分わかりますが、ここはひとつ冷静になっていただけますか」
突然の懇願に困惑した。
「被疑者の家に行くことは、どうぞ控えてください。なにか声明がありましたら、まずわたしに伝えてください」
一方的に切れた。犯人について訊きたかったが、そのタイミングがなかった。
勝間田の名刺を見て、電話した。
「村松です、先ほどはどうも。少し教えていただきたいのですか」
「どうぞ」
「コミヤキヨノブとは、どう書きますか?」
「小さいに、宮様の宮。清いに、身長が伸びるの伸です」
「市商の生徒ですか?」
「そうです。これから同級生たちに当たって、情報収集に努めたいと思います」
「写真も手に入りますか?」
「必ず」
「両親のことも調べられますか?」
「さっき近隣の方からお話を聞くことができました。父親は、一人息子の清伸が中学二年のときに肝臓癌で亡くなったので、母子家庭のようです。母親の名前はアキコ。表彰状の彰に子と書いて彰子です。四十四歳という話ですが、確実なことはこれから調べます。どういうことから先にお知りになりたいですか?」
「小宮清伸の写真。評判。性格。あと母親の写真も」
「わかりました。ある程度まとまったら、この番号におかけします」
電話を切った。妻の実家が見えてきた。と、テレビクルーの姿も目に入った。
「なにを言われても答えないで、家に入ってください」
雅斗くんにそう言われて、車を降りた。
「村松さん、容疑者に一言!」
無視した。顔をあげて歩く。
「親が責任をとって殺すべきだと、今もお考えですか?」
ああ、そうとも。心で言って、ドアノブに手をかける。
「できることなら、犯人をどうしたいですか?」
しつこさにカッとなった。わかりきったことを訊きやがって。
「八つ裂きでもまだ足りないよ! 皮剝いで切り刻んでやる!」
雅斗くんが開けたドアから中に入った。フラッシュが追ってくる。被害者の親にしか言えないことを言ってやった。誰だろうと、正義の声を殺すことはできない。
玄関ホールに義父が立っていた。
「頼むから、休んでくれ。みんな限界なんだ、もう」
暗に、和樹が迷惑をかけたと言っている。身内は世界を敵にまわしても味方でいてくれるかと思ったが、ちがった。
この世は狂ってる。みんなきちがいだ。
雅斗くんと二階に行った。スペース☆キングのポスターが出迎える。この人の曲をかけてほしいと頼んだ。雅斗くんがCDをセットした。
横になって目を閉じる。妙に甲高い声が振り絞られた。
ポンポロポッピッピー
あー、正義は正しいよー、正義はいいねー
正しいことはー、正しいってー、いつも言いたいねー
ポンぺロパッピッピー
「テレビカメラですよ。マスコミが来てます」
「そうだな」
「あっちに人が集まってますね。犯人の家があるんじゃないでしょうか?」
「行ってみよう」
スーパーの駐車場に車を停めて、人家の並ぶ路地に入っていく。道に多くの住民が出ていて、好奇の目を路地の奥のほうへ向けていた。
曲がり角にマスコミらしき集団。テレビカメラ。マイク。
パトカー。青いシートで窓を隠された家。警察官。黄色いテープ。「立入禁止 KEEP OUT」の文字。
駈け寄る。大柄の警察官がさっと振り向く。両手を前に出して制止。
「立ち入り禁止です。下がってください」
「村松友華の父です!」
上ずった声が出る。光と音で、シャッターを一斉に焚かれたのがわかった。
「現在捜査中ですので、ここへはどなたも入れることはできません。お父さまには、のちほどご連絡がいくかと思います」
「犯人の親はいるんですか? 中に」
「いえ、いません」
「ではどこにいるのか、教えていただけませんか」
「それは、まだ被疑者ですので……」
「あなたではわからないのですね? では丸山署長に頼みます」
警察官に背を向けて携帯を出そうとした瞬間、人が大勢寄って来ていたのを知って、ぎょっとした。
「今、容疑者に対して、どんな思いですか?」
マイクが何本も突き出された。顔、顔、顔。頭が混乱する。これは今、テレビに流れているのか?
「容疑者の親に、なんと言いたいですか?」
記者だかリポーターだかが迫る。そいつの発した容疑者の親というフレーズが、和樹に火をつけた。
「未成年にやられたら、いったい誰が責任をとるんですか? この国は人殺しを護るんですか? 息子が死刑になんなきゃ、親が殺さないとだめでしょう!」
背後から抱きすくめられた。なにをする、と振り向いたら、雅斗くんだった。
「正式なコメントは警察を通して出します。これは放送しないでください。無断で流したら訴えます! どうぞ遺族のプライバシーにご配慮をお願いします!」
引っ張られて、マスコミの群れを抜けた。みんなに見られながらスーパーの駐車場に戻る。車に乗ろうとしたとき、「村松和樹さん」と低い声で呼び止められた。
振り返る。茶髪の男。スーツ姿だがネクタイはしていない。男が名刺を出した。
「フリーライターの勝間田章吾(かつまたしょうご)と申します。村松さんは正しいことをおっしゃいました。犯人は、未成年だろうと殺すべきなんです」
すっと背中が伸びた。相手を見つめる。髪の色などで若そうに見えるが、どことなく貫禄もある。おそらく和樹と同じ三十代だろう。
「わたしは凶悪犯罪の悪質化、低年齢化に対する警告を発し、悪法たる少年法の改正を訴える活動をしています。それに関する著書もあります。一緒に闘いましょう」
差し出された手を、ほとんど無意識に握った。すると勝間田は、
「犯人であるコミヤキヨノブの情報については、詳しく教えます。なにか知りたいことがありましたら、名刺にある番号に電話するかメールしてください」
「……ありがとう」
礼を言って、車に乗った。ついに犯人の名前がわかった。コミヤキヨノブ。
運転しながら、雅斗くんが言った。
「彼から情報を得られれば、ぼくたちが動かなくてもいいので確かに楽です。でも相手はライターですから、色々と見返りを求めてくるでしょう」
「見返りというと?」
「和樹さんの生の感情を聞かせてほしいと言うでしょう。そういうものを集めて、少年法の改正を訴える自分の活動に利用しようとすると思いますよ」
「それは別に構わない」
むしろ、大いにやってほしかった。
携帯が鳴った。熊野刑事からだった。
「村松さん、お怒りは充分わかりますが、ここはひとつ冷静になっていただけますか」
突然の懇願に困惑した。
「被疑者の家に行くことは、どうぞ控えてください。なにか声明がありましたら、まずわたしに伝えてください」
一方的に切れた。犯人について訊きたかったが、そのタイミングがなかった。
勝間田の名刺を見て、電話した。
「村松です、先ほどはどうも。少し教えていただきたいのですか」
「どうぞ」
「コミヤキヨノブとは、どう書きますか?」
「小さいに、宮様の宮。清いに、身長が伸びるの伸です」
「市商の生徒ですか?」
「そうです。これから同級生たちに当たって、情報収集に努めたいと思います」
「写真も手に入りますか?」
「必ず」
「両親のことも調べられますか?」
「さっき近隣の方からお話を聞くことができました。父親は、一人息子の清伸が中学二年のときに肝臓癌で亡くなったので、母子家庭のようです。母親の名前はアキコ。表彰状の彰に子と書いて彰子です。四十四歳という話ですが、確実なことはこれから調べます。どういうことから先にお知りになりたいですか?」
「小宮清伸の写真。評判。性格。あと母親の写真も」
「わかりました。ある程度まとまったら、この番号におかけします」
電話を切った。妻の実家が見えてきた。と、テレビクルーの姿も目に入った。
「なにを言われても答えないで、家に入ってください」
雅斗くんにそう言われて、車を降りた。
「村松さん、容疑者に一言!」
無視した。顔をあげて歩く。
「親が責任をとって殺すべきだと、今もお考えですか?」
ああ、そうとも。心で言って、ドアノブに手をかける。
「できることなら、犯人をどうしたいですか?」
しつこさにカッとなった。わかりきったことを訊きやがって。
「八つ裂きでもまだ足りないよ! 皮剝いで切り刻んでやる!」
雅斗くんが開けたドアから中に入った。フラッシュが追ってくる。被害者の親にしか言えないことを言ってやった。誰だろうと、正義の声を殺すことはできない。
玄関ホールに義父が立っていた。
「頼むから、休んでくれ。みんな限界なんだ、もう」
暗に、和樹が迷惑をかけたと言っている。身内は世界を敵にまわしても味方でいてくれるかと思ったが、ちがった。
この世は狂ってる。みんなきちがいだ。
雅斗くんと二階に行った。スペース☆キングのポスターが出迎える。この人の曲をかけてほしいと頼んだ。雅斗くんがCDをセットした。
横になって目を閉じる。妙に甲高い声が振り絞られた。
ポンポロポッピッピー
あー、正義は正しいよー、正義はいいねー
正しいことはー、正しいってー、いつも言いたいねー
ポンぺロパッピッピー