ミス・コケティッシュがむっつりしている。

 このごろどうも、怒りっぽくなった。デャーモンへの紹介を頼んだときもそうだった。理由を言わず、ただ怒るのだ。

 それは別にいい。ぼくは全面的に、彼女のおかげでメシが食えている。文句など言えた義理じゃない。

 でも、今回ばかりはやめてほしかった。

 女神の目の前で怒るのは。

「木村亜子。十七歳。高校二年生。アイドル志望。ダカラ?」

 不機嫌さ全開の視線を、突き刺してくる。

「依頼人なら、わたし、連れてくる。純亜は、連れてこなくてイイ」

「まあまあ」

 堅苦しいこと言わずに、そこをなんとか、と頼む。

 するとミス・コケティッシュは、

「この女はあきらめナ。とても純亜の手には負えないヨ」

 実に失礼なことを言った。

「なにを言うんだ。ぼくはこの子に、指一本触れる気はない!」

 本気で腹が立った。ぼくのピュアな想いが、どうしてミス・コケティッシュには視えないのか。

「彼女はアイドルの卵だ。それと付き合おうだなんて、そんなよこしまな、卵を割っちゃうような邪悪なことをするわけがない。ただ、彼女が将来どうなるかを、ちょこっと教えてあげてほしいって頼んでるだけだ」

 亜子ちゃんがアイドル志望だということは、ついさっき、彼女がミス・コケティッシュにした自己紹介の中で知った。でも、ぼくの目にはすでに、国民的スターになった亜子ちゃんの姿が見えていた。

「アイドル? あんなモン、地球人をパーにしようと企んだ、宇宙人の発明品サ」

「またそんな、おかしなことを」

「嘘と思うカ?」

「さっきから失礼だよ。アイドルを目指すピュアな想いを、侮辱してる」

「ナンダト!」

 ミス・コケティッシュが腕を突き出した。ぼくはSFXのように宙を飛び、背中から床に落ちた。

「純亜」

 呼吸ができず、きれいな星とUFOが頭のまわりをクルクルとまわる中で、ミス・コケティッシュの声を聞いた。

「わたし、純亜気に入ったカラ、能力使う。このイケ好かない小娘のために、貴重な能力を使う気はサラサラないネ」

「おいとまさせていただきますわ!」

 木村亜子ちゃんが帰っていく。ぼくの女神が。亜子ちゃん。亜子サマ。アコ。

 A、K、O、アコ! A、K、O、アコ!
 超絶かわいい、アコちゃん!

 羞ずかしながら告白すると、ぼくはこのとき、オウオウと声をあげて泣いた。

「コレでも飲め」

 ミス・コケティッシュがアメリカン・コーヒーをテーブルに置いた。ぼくはそれを手で払った。

「拭くのは自分でやれヨ」

「ひどいじゃないか、さっきの態度は」

「純亜を守るためサ」

「嫉妬だろ。自分より若くて美人だから」

「悪いこと言わないカラ、あれだけはやめな。ハーフだから」

「ハーフ? アメリカ人との?」

「アメ……うん、ソウヨ」

「どうしてハーフを差別するんだ。かわいそうじゃないか」

「しょせんは無理なのサ」

「無理じゃない!」

「あれと関わったらとんでもない目に遭うヨ。今まで経験したことのないような、とんでもなくヒドイ目にね」

「嘘だ! 嫉妬だ!」

「忠告したからね。モウ知らないよ」

「ぼくを研究したいんだろ。だったらひどい目に遭うところを、じっくり研究したらいいじゃないか!」

 ぼくは床にこぼれたコーヒーを拭いて、自分の部屋に行った。そしてベッドに仰向けになると、木村亜子ちゃんに、今日のことをどう謝ろうかと考えつづけた。